歴代浮世絵価格ランキング

1枚の紙が、家1軒に迫る値段で取り引きされることがあります。この記事に載せるのは噂や又聞きの類ではありません。クリスティーズやサザビーズなど公開オークションで実際に落札され、報道機関が伝えた記録だけです。いつ・どこで・いくらだったかを、出典とともに並べます。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。巨大な波の向こうに富士山が見える
葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」天保元〜4年(1830〜33)頃 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

この記事のルール

載せるのは、クリスティーズ・サザビーズ・国内の主要オークション会社など、公開の場で行われたオークションの落札結果に限ります。真贋や来歴に議論の余地がある話、画商同士の私的な取引額のような裏の取れない数字は載せません。円換算は「当時の為替相場でおよそこのくらい」という概算であることをあらかじめお断りしておきます。

歴代浮世絵オークション最高額ランキング

公開オークションでの落札記録(2026年8月時点で確認できたもの)
順位作品落札額円換算の目安オークション
1喜多川歌麿「深川の雪」(肉筆・大幅)香港ドル5,527万5,000(手数料込み)約11億円サザビーズ香港 2025年11月22日
2葛飾北斎「雪中美人図 蜀山人賛」(肉筆)6億2,100万円(手数料込み)6億2,100万円東西ニューアート(東京) 2025年11月8日
3葛飾北斎「冨嶽三十六景」全46図揃い355万9,000ドル約5億3,000万円クリスティーズNY 2024年3月19日
4葛飾北斎「神奈川沖浪裏」(版画・単図)280万ドル約4億3,000万円サザビーズ香港 2025年11月22日
5葛飾北斎「神奈川沖浪裏」(版画・単図)276万ドル約3億6,000万円クリスティーズNY 2023年3月21日
6葛飾北斎「神奈川沖浪裏」(版画・単図)159万ドル約1億7,000万円クリスティーズNY 2021年3月16日
7喜多川歌麿「深く忍恋」(版画)74万5,800ユーロ約8,800万円Beaussant Lefèvre(パリ) 2016年6月21日

1位・2位 肉筆浮世絵が版画を超えた2025年11月

2025年11月、浮世絵の記録がわずか2週間のあいだに2度塗り替えられました。2週間で2度。数字を並べていて自分でも二度見しました。まず8日、東京の東西ニューアートのオークションで、北斎肉筆画「雪中美人図 蜀山人賛」が6億2,100万円で落札。家具大手ニトリ傘下の似鳥文化財団が競り落とし、北海道小樽市の美術館で公開予定です。続いて22日、サザビーズ香港で開かれた岡田美術館(神奈川県箱根町)旧蔵品のオークションで、歌麿の肉筆大作「深川の雪」が香港ドル5,527万5,000(約11億円)で落札されました。版画ではありません。一点物の肉筆画が、浮世絵全体の史上最高額を記録した回です。

「雪中美人図」がここまで跳ねたのは、事前予想額(4,000万〜6,000万円)を軽く一桁近く超える競り合いになったからです。縦1メートル近い画面に、雪の中に佇む吉原の花魁とおぼしき女性を描いた1枚で、文化・文政期(1813〜19年)、北斎が脂の乗った円熟期の作。戦前には国の「重要美術品」にも指定され、上部には狂歌師・大田南畝(蜀山人)の賛まで添えられています。誰が描いたか、いつ描かれたか、誰が持っていたかがすべて明確な1枚に、複数の入札者が競り合った結果の価格です。「深川の雪」はさらに特殊な事情を抱えています。縦約2メートル、横約3.4メートル。深川の料亭で27人もの女性たちが雪見に興じる、浮世絵史上でも屈指の大画面で、「品川の月」(フリーア美術館蔵)「吉原の花」(ワズワース・アセーニアム美術館蔵)とあわせて歌麿の代表的な肉筆大作「雪月花」三部作を成す1枚です。昭和23年(1948)を最後に66年間所在不明となり、いったんは失われたと考えられていた1枚が再発見された、という来歴自体が価格を押し上げた最大の要因です。

3位〜6位 「神奈川沖浪裏」、記録を4度更新

版画の主役は、やはり北斎の「神奈川沖浪裏」です。2021年3月16日にクリスティーズで159万ドルと初めて100万ドルの大台を超え、2023年3月21日には摺りの状態のよさが評価された1枚が276万ドルで更新。2025年11月22日には岡田美術館旧蔵の1枚がサザビーズ香港で280万ドルとなり、現時点での単図の最高額です。同じ図柄なのに、そろい物になると評価が変わることもあります。2024年3月19日にクリスティーズで落札された「冨嶽三十六景」全46図の完全揃いは355万9,000ドル。11年かけて集めたという個人コレクターの手を離れた1件でした。

同じ「神奈川沖浪裏」でも、なぜ回を追うごとに評価額が変わるのか。2021年の1枚は、事前予想額がわずか15万ドルでした。それが159万ドルまで競り上がり、浮世絵版画として初めて100万ドルの壁を破った、いわば「歴史が動いた1枚」としての価値がついた落札です。2023年の1枚は、版木の摩耗が少ない早い時期の摺りとされ、線の輪郭がまだシャープで、ピンク色の空にかかる雲の輪郭まで繊細に残っていることがクリスティーズの評価で強調されました。「神奈川沖浪裏」は当時8,000枚前後摺られたとされますが、現存が確認されているのは約200点。同じ図柄でも、版木がまだ若いうちに摺られた1枚かどうかで、線の鋭さは目に見えて違います。2025年の1枚は岡田美術館という一流コレクションからの放出という来歴の強さが加わり、単図としての現行最高額に到達しました。「冨嶽三十六景」全46図の完全揃いが評価されたのはまた別の理由です。人気を受けて当初の36図に加えて後から10図(裏富士)が追加され、最終的に46図で完結したシリーズですが、全図がバラバラにならず1件のコレクションとしてまとまって残っていること自体が稀で、クリスティーズの日本・韓国美術部門責任者によれば、この規模の完全揃いが市場に出たのは2002年以来、20年以上ぶりでした。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 山下白雨」。山頂付近は晴れているのに、黒く沈んだ裾野には赤い稲妻が走る富士の図
葛飾北斎「冨嶽三十六景 山下白雨」天保元〜4年(1830〜33)頃。山頂は晴れ、黒く沈んだ裾野には稲妻が走ります。全46図揃いの落札に含まれるのはこうした1図1図で、掲載画像は落札された個体そのものではなく同図柄の別個体です。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

7位 歌麿にも百万ドル未満の記録がある

肉筆画「深川の雪」以前、歌麿の記録は版画が持っていました。2016年6月21日、パリのBeaussant Lefèvre(クリスティーズ提携)での「深く忍恋」が74万5,800ユーロ(手数料込み、当時のレートで約8,800万円)。北斎の版画記録と比べると一桁小さく見えますが、当時としては歌麿・浮世絵版画双方の世界記録でした。

「深く忍恋」は、歌麿が女性の恋心を5つの型に描き分けた連作「歌撰恋之部」のうちの1図です。「物思恋」「夜毎ニ逢恋」「稀ニ逢恋」「あらはるる恋」と並ぶ5図のうちの1枚で、この図はお歯黒をつけた大人の女性が、人目を忍んで恋心を押し殺す表情を描いています。背景には紅雲母(べにきら)を贅沢に摺り込んだ豪華な仕立てで、大首絵という同じ形式で写楽が役者を描いたのとほぼ同じ発想を、歌麿は恋する女性の心理描写に使いました。シリーズとして5図がそろって現存する例が少なく、単図でも状態のよいものはそもそも市場に出にくい、という希少性が評価の土台にあります。

喜多川歌麿「高島おひさ」。無地の背景に、団扇を手にした若い女性の上半身を大きく描いた大首絵
喜多川歌麿「高島おひさ」寛政5年(1793)頃。背景を無地にして上半身だけを大きく見せる、「深く忍恋」と同じ大首絵の形式です。手にした団扇の三つ柏が、水茶屋の看板娘だった高島おひさの目印。掲載画像は落札作品そのものではなく、同じ歌麿の大首絵の別作品・別個体です。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

同じ「神奈川沖浪裏」でも、数万円で買えるものがある。なぜか?

ここまで読んで、妙な違和感を覚えた方もいるはずです。表の3〜6位はすべて「神奈川沖浪裏」。ですが同じ図柄の「神奈川沖浪裏」は、状態のよい後摺なら数十万円、後版や復刻なら数万円で、今この瞬間もふつうに売られています。1億円超えと数万円が同じ「神奈川沖浪裏」を名乗っている。値段の桁が2つも3つも違う。この落差の正体——初摺・後摺・後版・復刻・レプリカという5段階の違いは、同じ絵なのに値段が違う理由で詳しく書きました。数億円の世界を眺めたついでに、数万円で本物に手が届く理由も覗いてみてください。

歌川広重「東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪」。雪に埋もれた宿場を、笠をかぶった3人の旅人が黙々と歩いていく夜の情景
歌川広重「東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪」天保4〜5年(1833〜34)頃。夜の雪をぼかしだけで描き分けた1図で、空のぼかしの入り方が摺りによって変わることでも知られます。図柄は名作、値段は摺り次第——その落差を地でいく1枚です。掲載画像はシカゴ美術館蔵の1枚で、落札記録に登場する個体とは別個体です。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)
この記事に載せた落札額は、いずれも報道された公開オークションの結果です。円換算は当時のおおよその為替レートによる概算であり、手数料の含み方も出典によって差があります。厳密な相場表としては読まず、規模感をつかむ材料として眺めてください。

出典一覧

表と本文に載せた落札記録の出典です。年1回の追記のたびに、ここに出典を積み上げていきます。

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