検閲と改印——絵に判が押してある理由

浮世絵の余白には、絵柄とは関係のなさそうな小さな判が押されています。あれは飾りでも落書きでもなく、幕府の検閲を通った証です。しかもこの判、時代によって形がころころ変わる。だから逆に、判の形を見れば絵がいつ摺られたかがある程度読めてしまいます。

東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」。両手を突き出した歌舞伎役者の迫力ある大首絵
東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」寛政6年(1794)。役者絵というジャンルそのものが、半世紀後の天保の改革で一時禁じられることになります。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

出版は幕府の許可制だった

江戸時代の出版物は、勝手に彫って売ってよいものではありませんでした。町奉行所の統制のもと、地域の名主や本屋仲間の行事(ぎょうじ、業界内の当番役)による内容チェックを経て、初めて世に出すことができる仕組みになっていたとされます。浮世絵も例外ではありません。絵師が描いた版下絵は、彫りに入る前の段階で検閲を通す必要がありました。

その検閲を通過した証として押されるのが改印(あらためいん)です。絵の端、多くは右下あたりに彫り込まれた小さな印で、いわば「これは幕府の検閲済みです」という合格スタンプ。絵師のサインである落款とは別に、必ずどこかに存在する実務的な印なのです。

大判(縦約39×横26.5cm)の模式図 (絵柄部分) 落款 絵師のサイン・印 版元印 版元(出版社)の印 改印 検閲済みの証 ※あくまで典型例です(位置は絵師・版元・時代により異なります)
判の位置関係(模式図)。改印は「絵の端、多くは右下あたり」に押されます。版元印も同じ右下の余白に並ぶことが多く、絵師の落款は絵柄の中の下隅に入るのが通例です。ただし正確な位置は絵師・版元・時代によって差があり、これはあくまで多くの場合に見られる典型例です。

印の形式は変わり続けた——だから年代が読める

この改印、じつは制度が変わるたびに形式そのものが変わっています。寛政の改革以降、まず「極(きわめ)」の字を刻んだ極印(きわめいん)が検閲済みの印として使われるようになり、単独で使われた時期、年月を示す副印と組み合わせた時期、行事の印を添えた時期と、細かく形を変えながら天保年間まで使われ続けたとされます。

大きな転機は天保の改革です。水野忠邦による株仲間の解散令で本屋仲間そのものが一度解体されたため、検閲の実務は担当の名主印(なぬしいん)に切り替わりました。最初は名主一人の印(単印)、のちに二人分の印を並べる双印へと変化し、仲間が再興されると再び年月を示す印との併用に戻る——というように、幕末に向けて改印の形はさらに何段階も移り変わっていきます。安政期には年と月の両方を示す「年月改印」が定着し、明治に入ってからも「年月円印」のような新しい形式が現れ、やがて近代的な出版条例のもとでの検印へと移行していきました。

極印 寛政期〜 天保年間 「極」の字を刻んだ印 単独→年月の副印 →行事印を追加 名主印 天保12年 (1841)〜 本屋仲間解体で 名主が検閲担当に 単印→双印へ 改印(年月印) 安政期 (1854頃)〜 仲間再興後、 年月の印を再併用 安政期に定着 明治の形式 明治期 (1868〜) 「年月円印」など 新形式が登場 →近代の検印へ ※年代の区切りは目安です(資料により幅があります)
検閲印の形式の移り変わり(年代は目安)。寛政期以降の極印から、天保の改革後の名主印、本屋仲間の再興後に定着した改印(年月印)、そして明治の新形式へ。それぞれの書体・組み合わせはその時期にしか存在しないため、形式を特定できれば絵の年代を絞り込む手がかりになります。

これだけ何度も形が変わるのは、研究者にとってはむしろ好都合です。改印の書体・組み合わせ・押し方は、それぞれの時期にしか存在しません。つまり絵に押された印の形式を特定できれば、その1枚がいつ摺られたロットに属するかを、かなりの精度で絞り込めるのです。絵師の落款だけでは分からない細かな年代が、隅っこの判子から逆算できてしまう——これが改印を「年代推定の最有力の手がかり」と呼ぶ理由です。

実際にどう絞り込むか——見る順番は3段階

「時期によって形が違う」と言われても、目の前の1枚からどう年代を読めばいいのかはピンとこないかもしれません。実際の見立ては、だいたい次の3段階で進みます。

① 印の数を数える

単印か、双印か

判が1個だけなら極印か名主単印の時代。2個並んでいれば名主双印以降の時代に絞られる。

絞り込み: 大まかな時代の枠

② 年月の文字を探す

年月印の併用があるか

印のそばに、年や月を示す文字・干支が添えられていないか確認する。あれば年月印併用以降と分かる。

絞り込み: 年月印以降かどうか

③ 書体・形を照合

「極」の字か、姓名か

「極」の字が彫られていれば極印、姓名が彫られていれば名主印。上の年表の該当欄と突き合わせる。

絞り込み: 具体的な時期

たとえば、判が2個並んでいて、しかも年月を示す文字がどこにも見当たらない1枚があったとします。①で双印の時代まで絞り、②で「年月印はまだ併用されていない」段階だと分かれば、名主双印のみが使われていた時期——研究上は弘化4年から嘉永5年ごろ(1847〜1852年ごろ)にあたるとされる期間に摺られたロットだろう、とかなり狭いところまで絞り込めます。逆に判が1個で、しかもそばに年月の文字が添えられていれば、それは安政期以降に定着した年月改印の可能性が高くなります。判の「数」と「年月の有無」、このふたつを見るだけでも、絵の年代はだいぶ絞れるのです。

改印は年代の手がかりにはなっても、初摺か後摺かまでは教えてくれません。同じ版木で摺り増しされた後摺にも、初摺と同じ改印がそのまま残っているからです。摺りの早さについては同じ絵なのに値段が違う理由で紙質や色料など別の手がかりと合わせて扱っています。

何が検閲の対象だったのか

検閲が見ていたのは、印の有無だけではありません。内容そのものが厳しく制限されていました。幕政批判、実在の武家や大奥を名指しで描くこと、行き過ぎた好色表現などは常に取り締まりの対象で、これは決して建前だけの話ではありません。寛政の改革では、歌麿や写楽を世に送り出した名版元・蔦屋重三郎自身が、風紀を乱したとして財産の半分を没収される処分を受けています。改印という判子の裏には、それを怠れば版元の身代そのものが傾きかねないという、実際の摘発の重みがありました。いちばん浮世絵の世界に打撃を与えたのは、天保12〜14年(1841〜43)の天保の改革だったとされます。奢侈(しゃし、贅沢)の取り締まりの一環として、役者絵や遊女・芸者を描いた美人画の出版が禁じられ、それまで浮世絵の稼ぎ頭だったこの二大ジャンルが、一時的にほぼ丸ごと出版できなくなってしまったのです。

役者絵の名手だった歌川国貞も、美人画で名高かった歌川国芳も、この時期は描く対象そのものの変更を迫られました。結果として増えたのが、武者絵や合戦もの、そして妖怪や伝説を題材にした絵だったとされます。実在の役者や遊女を描けないなら、伝説上の英雄や物の怪を描けばいい——検閲の網の目をくぐる機知が、武者絵や妖怪画という新しいジャンルを一気に花開かせるきっかけにもなりました。

歌川国芳「相馬の古内裏」。滝夜叉姫が呼び出した巨大な骸骨の妖怪が画面いっぱいに描かれている
歌川国芳「相馬の古内裏」弘化年間(1844〜46)頃。天保の改革で役者絵・美人画が締め付けられたのち、国芳が伝説・妖怪ものへと活路を見出していった時期の作品です。 ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵(パブリックドメイン)

国芳の抜け道——判じ絵という機知

ただ、その「伝説もの」の中に、もう一段仕掛けを隠した絵師もいました。国芳が天保14年(1843)に手がけた三枚続「源頼光公館土蜘蛛作妖怪図」がその代表格です。表向きは平安時代の武将・源頼光が四天王とともに土蜘蛛を退治するという古い伝説の一場面ですが、病床に伏す頼光を将軍・徳川家慶に、四天王の一人が身につけた紋所を時の老中・水野忠邦に見立てた「見立絵」だという見方が当時から広まり、背後にひしめく無数の妖怪たちは、天保の改革に苦しめられた江戸の庶民の姿と重ねて読まれた、と伝わります。

絵柄そのものは誰が見ても古典の武者絵で、検閲の理屈の上では何ら問題のない体裁を取っています。よくできています。それでいて、事情を知る江戸っ子が見れば誰が誰の見立てかすぐ分かる——こういう二重構造の絵を、当時「判じ絵」と呼びました。国芳がどこまで意図してこの絵を仕込んだのかは断定できませんが、結果として絵は江戸で大きな評判を呼んだとされます。判の目をすり抜けるための機知が、絵そのものの面白さになっていたわけです。

小さな判子から、絵の年齢が分かる

改印は地味な存在です。絵の主役でもなければ、見た目の美しさに関わるものでもありません。それでも、次に美術館や画集で浮世絵を眺めるとき、隅っこの小さな判に目をやってみてください。極印なのか、名主印なのか、年月まで刻まれた改印なのか。それが分かるだけで、その1枚が寛政の頃のものか、天保の改革をくぐり抜けてきたものか、幕末に近い頃のものかという、絵の「年齢」がうっすらと見えてきます。値段の理由を推測する手がかりについては同じ絵なのに値段が違う理由でも改めて触れていますので、あわせて読んでみてください。

改印の変遷は、区切り年や名称が資料によって少しずつ揺れます。大きな流れをつかむことを優先し、断定を避けて「〜とされます」という表現にとどめた箇所が複数あるのはそのためです。年代を1年単位まで詰めたいときは、改印の一覧を収めた専門書に当たると精度が上がります。

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