なぜ浮世絵展はすぐ展示替えするのか

図録の表紙を飾っていたあの1枚が、会場に行ったら「後期展示」の紙が貼ってあるだけだった。浮世絵展にはよくある話です。「そんなに忙しなく展示替えしなくても」と思う人もいるかもしれませんが、色料の話を知ると、見方が180度変わります。

歌川広重「名所江戸百景 上野清水堂不忍ノ池」。清水観音堂の月の松越しに不忍池を望む、紅葉の色と水面の藍が対比する構図
歌川広重「名所江戸百景 上野清水堂不忍ノ池」安政3年(1856)。手前の紅葉のような赤系の色と、水面の藍系の色とでは、そもそもの化学的な丈夫さが違います。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

紙に染み込んだ色は、油絵の色とは別物

浮世絵の色は、紙の上に乗っているだけではありません。紙の繊維そのものに染み込んでいます。使われている色料の多くも、鉱物の顔料ではありません。植物や昆虫から採った染料です。紅花(べにばな)から採る紅、露草(つゆくさ)から採る青。鮮やかで美しい反面、光に当たり続けると分子が壊れて色が抜けていくという弱点を持っています。油絵のようなニスの層による保護もありません。展示室の照明を浴び続ければ、数週間単位で目に見えて退色が進みます。

とりわけ弱いのが紫です。江戸時代の浮世絵の紫の多くは、露草の青と紅花の赤を掛け合わせて作られていました。ところがこの二つは退色の順番まで別々で、まず露草の青が先に抜けて赤みがかった紫に寄り、続いて紅花の赤も茶色っぽく褪せていきます。つまり紫という色そのものが、時間とともに姿を変えながら消えていく、いちばん儚い色なのです。

対照的に丈夫なのがベロ藍(プルシアンブルー)です。18世紀初頭にベルリンで生まれた化学合成の青で、日本には18世紀半ばに渡来し、天保年間(1830年代)以降、北斎の「冨嶽三十六景」や広重の名所絵で一気に広まりました。露草の青と違って光による褪色がほとんどなく、あの澄んだ藍色のグラデーションが今も鮮やかに残っているのは、保存が良かったからではありません。色料そのものが違うからです。
紫が褪せていく順番 光にさらされる時間が長くなるほど右へ 摺られた直後 露草の青+紅花の紅 を掛け合わせた紫 数十年後 青が先に抜けて 赤みがかった紫に さらに時間が経つと 紅花の紅も褪せて 茶色っぽくなる 退色の強さくらべ 紅花の紅 弱い(退色しやすい) 露草の青 弱い(退色しやすい) ベロ藍 強い(ほぼ褪色なし)
紫は露草の青と紅花の紅を掛け合わせた色。光を浴びるとまず露草の青が抜けて赤みがかった紫になり、続いて紅花の紅も褪せて茶色っぽくなります。紅花の紅・露草の青は単体でも退色しやすい弱い色ですが、ベロ藍(プルシアンブルー)だけはこの変化をほとんど受けません。

展示室が薄暗いのは、ケチをしているわけではない

浮世絵展の会場に入ると、絵画展にしては照明が控えめだと感じたことはないでしょうか。国際博物館会議(ICOM)は、染織品や水彩画、版画・素描のように光に極めて弱い資料の照度を50ルクス以下に保つことを推奨しており、日本国内の文化財施設のガイドラインでも、紙を使った資料は同水準の照度が目安とされています。オフィスの蛍光灯の下がだいたい500ルクス前後ですから、その10分の1程度の明るさで見ていることになります。

照度だけが問題ではありません。年間の総露光量という考え方もあります。同じ50ルクスでも、1年通して点灯し続けるのと、数週間だけ展示して次の作品に交代するのとでは、絵が浴びる光の総量がまったく違います。会期を前期・後期に分けて出品リストを丸ごと入れ替えるのは、この総露光量を作品ごとに管理するための、いわば配給制です。「後期展示」の紙を見てがっかりする気持ちはよく分かりますが、あの一枚が次の展覧会でもまだ鮮やかな色で見られるのは、今回あえて外に出さなかったおかげでもあります。

数字で見ると、この配給制の中身がはっきりします。文化庁が定める「国宝・重要文化財の公開に関する取扱要項」では、紙に描かれた書画の公開日数は年間延べ60日以内、なかでも版画は年間延べ30日以内・照度50ルクス以下という基準が示されています(絵画は照度100ルクス以下)。指定文化財に限らず、多くの美術館はこれに近い基準を展示計画の目安にしています。1年のうち浮世絵1枚が光を浴びてよい日数は、単純に数えればひと月ほど。前期・後期(ときに三期・四期)に分けて総入れ替えするのは、そうしないと年間の持ち出し枠に収まらない、という数字の裏付けがあってのことです。

今見ている色は、摺られた時の色ではない

ここがいちばん驚くところなのですが、展示室で見ている浮世絵の色は、摺り上がった当時の色そのものではありません。ボストン美術館のスポルディング・コレクション(6千点超の版画)は、収集後長らく非公開で光にさらされずに保管されてきました。そのうち歌麿作品を調べたところ、他の美術館の同じ図柄の作品ではとうに灰色や茶色に褪せてしまっていた紫が、約400点のうち3分の1ほどの作品で当時に近い美しい紫のまま残っていたことが分かっています。歌麿が紫を好んで多用した絵師だったという記録は文献に残っていましたが、実際に残存する作品の大半では、その紫はすでに姿を消していたわけです。裏を返せば、私たちが「これは渋い色の絵だ」と思って眺めている一枚も、本来はもっと違う色だった可能性があるということです。

同じ歌麿の紫、今どちらで残っているか 多くの美術館に残る紫 光にさらされ、茶色っぽく褪せた状態 ボストン美術館の非公開蔵 約400点のうち3分の1ほどがこの紫のまま
同じ歌麿の紫でも、長く光にさらされてきた作品と、収集後ずっと非公開で保管されてきたボストン美術館の作品とでは、これだけ見え方が違います。色そのものは模式的な再現ですが、退色の有無で紫の印象がどれほど変わるかの目安として示しています。

彫られたばかりの版木で絵師の監修のもとに摺られた初摺、しかも褪色や汚れの少ない状態のよい一枚には特別な価値があります。古いから、ではありません。絵師が本当に見せたかった色を、いちばん正確に伝えている証拠だからです。値段の話まで含めて詳しく知りたい方は、同じ絵なのに値段が違う理由もあわせて読んでみてください。

歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」。夕立の中、大橋を渡る人々を描いた縦長の構図
歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」安政4年(1857)。空と川面の藍のぼかしは今も深く残っていますが、同時代の紅や紫を多用した絵は、これほど鮮やかに残っていないことが多いのです。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

展示替えは意地悪ではなく、延命措置

会場に着いてから「これ、後期展示か」と肩を落とした経験がある人も多いはずです。それでも色の弱さと照明の理由を知ってしまうと、頻繁な展示替えは学芸員の意地悪でも、都合による手抜きでもなく、あと100年、200年その絵を見られる人を増やすための延命措置なのだと納得できます。1回の展覧会で全部を見せてしまわない。出し惜しみに見えて、次の世代にも同じ紫や紅を残すための判断なのです。

展示

数週間ほど

照明を浴び続ける期間。紫や紅を中心に少しずつ退色が進む。

次へ: 展示終了

休養

収蔵庫で暗所保管

光を断ち、総露光量を使い切らないよう長期間じっくり休ませる。

次へ: 別の作品と交代

次の展示

また会場へ

休んだ分だけ、まだ鮮やかな状態で次の観客の前に姿を見せる。

その後: また休養へ

「展示→休養→次の展示」を繰り返すことで、あと100年、200年その絵を見られる人を増やす——展示替えは出し惜しみではなく延命措置です

見方を変えれば、これは通期券やリピート鑑賞の楽しみでもあります。前期と後期で会場に足を運べば、単に「見逃した絵を見に行く」以上に、まったく違う一枚の絵と出会える。1回来ただけでは分からなかった展覧会全体の構成が、2回目でようやく見えてくることもあります。次に「後期展示」の紙を見つけたら、がっかりする代わりに、もう一度この会場に来る理由がひとつ増えたと思ってみてください。

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