ジャンル案内——役者絵から判じ絵まで

浮世絵入門 第7回。同じ浮世絵でも、役者絵と名所絵とでは見るときの目のつけどころがまるで違います。ジャンルごとの「お約束」を知っているかどうかで、1枚の絵から読み取れる情報量はけっこう変わってきます。

ここまでの回で、浮世絵が版画であること、江戸のメディアとして流行ったこと、明治に入って役目を終えていったことを見てきました。時代の話はいったん脇に置いて、ジャンルという切り口で整理し直します。美術館の解説パネルや図録に「役者絵」「名所絵」と書いてあっても、違いは初見だとぴんと来ないものです。でも見分け方さえ覚えてしまえば、初めて見る絵でもだいたいの見どころの見当がつきます。用語の細かい定義は用語集に任せます。「じゃあ何をどう見ればいいのか」に絞って書くのが、この回の役目です。

役者・美人・風景——王道の三本柱

役者絵

歌舞伎役者を描いたジャンルで、江戸の浮世絵の中でいちばんの稼ぎ頭でした。舞台写真もグラビアもなかった時代、贔屓の役者の顔を手に入れる手段はこれしかなかったのです。見得を切るような大げさなポーズ、隈取りのはっきりした化粧、絵の中に役名と役者名が書き込まれていれば、まず役者絵と見て間違いありません。入口には東洲斎写楽をどうぞ。デビューからわずか10か月で姿を消した謎の絵師ですが、その短い間に描いた役者の顔は、今見てもぞくっとする迫力があります。

東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」。両手を突き出した歌舞伎役者の迫力ある大首絵
東洲斎写楽「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」寛政6年(1794)。悪役の奴を演じた役者の、興奮に震えるような手の表現に写楽の凄みが出ています。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

美人画

看板娘、吉原の花魁。評判の女性たちの姿を描いたのが美人画です。役者絵が「顔で売る」絵だとすれば、美人画は「気配で売る」絵という印象を持っています。着物の柄、髪型、うつむき加減の角度ひとつに、その絵師の女性の捉え方が透けて見えるのが面白いところです。まず一枚見るなら喜多川歌麿。顔や上半身を大きく捉える大首絵という構図を確立し、女性のふとした表情や仕草の一瞬を切り取る名手でした。

喜多川歌麿「婦女人相十品 ポッピンを吹く娘」。ガラスの玩具ポッピンを吹く娘を描いた大首絵
喜多川歌麿「婦女人相十品 ポッピンを吹く娘」寛政4〜5年(1792〜93)頃。当時流行したガラス玩具「ポッピン」で遊ぶ一瞬の表情を捉えています。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

名所絵

いわゆる風景画です。江戸後期、北斎の「冨嶽三十六景」と広重の「東海道五十三次」がヒットしたことで一大ジャンルに育ちました。人物より空や海や橋の存在感のほうが大きい構図が多く、旅に出られない庶民にとっては「行った気になれる絵」でもありました。まずは葛飾北斎から。同じ富士山を三十六通りの構図で描き分けた執念には、風景画というよりむしろ発明に近いものを感じます。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。巨大な波の向こうに富士山が見える
葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」天保元〜4年(1830〜33)頃。波を主役に据え、富士山を脇役に回す大胆な構図です。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

戦う男と、土俵の男

武者絵

合戦の一場面、歴史上の豪傑。線は太く、色は原色に近い強さになります。歌川国芳が「通俗水滸伝豪傑百八人之一個」で一気に人気に火をつけ、以後は武者絵といえば国芳、というくらいの地位を築きました。刺青のような文様、躍動する筋肉。絵師の腕の見せどころがそのまま画面に出ます。

歌川国芳「通俗水滸伝豪傑百八人之一個」武松。虎に素手で組み付く武松を描いた武者絵
歌川国芳「通俗水滸伝豪傑百八人之一個 清河県の産武松」文政10〜13年(1827〜30)頃。虎に素手で立ち向かう一瞬を大胆に切り取り、筋肉の躍動と全身の刺青を見せ場にしています。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

相撲絵

いわば大相撲版のブロマイド、それが相撲絵です。人気力士の取組や姿を描き、四股名と対戦相手が絵の中に記されていることも多く、当時の番付と照らし合わせると、どの場所の一戦かまで特定できることがあります。歌川国貞(のちの三代豊国)は役者絵・美人画と並んで相撲絵でも多くの仕事を残した絵師で、この分野を覗いてみるならまず名前が挙がります。

歌川国芳による相撲絵の三枚続。土俵上で組み合う二人の力士と、脇に控える行司・審判役を描いている
歌川国芳「鏡岩浜之助・小柳常吉」弘化4〜嘉永5年(1847〜52)頃。三枚続の画面いっぱいに力士の巨躯を描き込み、脇に控える行司の姿と対比させる相撲絵らしい構図です。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

見分け方はさらに具体的です。土俵際の丸い俵の線、そして軍配(采配の団扇)を手にした行司が画面の脇に描き込まれていれば、まず相撲絵と見て間違いありません。上の「鏡岩浜之助・小柳常吉」でも、力士二人の脇に控える行司の姿がその実例です。役者絵の役名と違って本名に近い四股名が記されるのも見分けるポイントで、番付と突き合わせれば取組の日付までたどれることがあります。

笑う絵、謎解く絵、贅沢な絵

戯画・妖怪画

笑いを狙った戯画と、幽霊や妖怪を描いた妖怪画は隣り合わせのジャンルです。風刺や言葉遊びが仕込まれていることも多く、意味が分かった瞬間にニヤリとできるのが醍醐味です。妖怪画では猫又やろくろ首といった民間伝承の怪異が、驚くほど生き生きと、時にコミカルに描かれます。まずは歌川国芳と月岡芳年の絵を見てください。国芳は大の猫好きとしても知られ、擬人化した猫を大量に描いたことでも有名です。私はこの人の猫だけで一日見ていられます。

歌川国芳「化物東海道 岡崎の猫また騒動」。行灯の火が揺れる中、着物姿で踊る猫又の妖怪を描いた場面
歌川国芳「化物東海道 岡崎の猫また騒動」天保年間(1836年頃)。老猫が化けるという「猫又」の伝承を、どこかユーモラスな筆致で描いています。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

判じ絵・おもちゃ絵

判じ絵は、絵の形や配置から言葉やことわざを当てるクイズ仕立ての絵です。子どもも大人も一緒になって「これは何と読む」と頭をひねる、江戸時代の言葉遊びでした。おもちゃ絵はもっと直接的に子ども向けの遊び道具で、切り抜いて組み立てる組上絵、双六、着せ替えのようなものまであります。歌川芳藤は玩具絵専門の絵師として「おもちゃ芳藤」と呼ばれるほどの評判を取りました。この一角ならまず覚えておきたい名前です。

歌川芳藤「五人十身の働」。ロシア人・アメリカ人・イギリス人・フランス人・南京人の5人が手足を組み合い一体化して見える、からくり仕立てのおもちゃ絵
歌川芳藤「五人十身の働」文久元年(1861)。5人の異国人の体を巧みに組み合わせ、見る角度によって別の姿に見えるからくりを仕込んだ、おもちゃ絵ならではの遊び心です。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)
おもちゃ絵は文字どおり子どもが遊んで使い捨てるものだったため、現存数が極端に少ないジャンルです。役者絵や名所絵が何百枚も残っているのに比べると、同じ時代に量産された版画でも、生き残り方はずいぶん違いました。

摺物

一般に売る商品ではなく、俳句や狂歌の会の記念、年賀の挨拶などに使う私家版として作られた版画です。部数が少ない分、値段を気にせず贅沢な色数やぼかし、雲母摺りをふんだんに使えたのが特徴で、同じ判型の錦絵よりずっと手の込んだ仕事を見られることが多いジャンルです。見分けるなら、まず紙面を傾けてみてください。背景が単色でべたっと摺られているようでいて、傾けると雲母(きら)の粉がきらりと光るのが雲母摺りです。絵具を使わず版木を強く押しつけるだけで模様を浮き立たせる「空摺」による、雪や布地の凹凸も摺物ならではの手仕事です。そして画面の余白に、崩し字でびっしり書き込まれた狂歌の一首。この三つが揃っていたら、まず摺物と見てよいでしょう。北斎の門人・魚屋北渓の名は覚えておいて損がありません。生涯の大半を狂歌摺物の制作に費やした絵師です。

版本

一枚摺りの錦絵とは別に、絵と文章を綴じて一冊にまとめた木版の本、版本(はんぽん)というジャンルもあります。単独の絵とは違い、ページをめくりながら見る前提の構成になるため、見開き2ページをひとつの画面として使う大胆な構図がしばしば登場します。代表格は葛飾北斎の「北斎漫画」で、人物のスケッチから妖怪、力士、職人の仕事風景まで、手当たり次第、絵の練習帳のような勢いで詰め込んだ全15編の大シリーズです。まずはこの一冊をめくる感覚を味わってみてください。

葛飾北斎「北斎漫画」十二編の見開きページ。天狗や妖怪、眼鏡で顔を覗き込む人物など、雑多な人物・妖怪スケッチが並ぶ
葛飾北斎「北斎漫画」十二編 天保5年(1834)。見開き2ページを画面いっぱいに使い、化け物から市井の人物まで雑多なスケッチを詰め込む、版本ならではの見せ方です。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

明治が生んだジャンル

開化絵・戦争絵

明治に入ると、汽車や洋館、ガス灯といった文明開化の風物を描く開化絵が新しいジャンルとして生まれました。江戸の名所絵の作法をそのまま西洋建築に応用したような絵が多く、和と洋がまだ馴染みきっていない過渡期の空気が見どころです。日清・日露の戦争が起きると同じ絵師たちの筆は戦場に向かい、戦況を伝える戦争絵が大量に摺られました。楊洲周延は美人画から戦争絵まで幅広くこなした絵師で、明治というジャンルそのものの入口としておすすめできます。

見分けるコツは奥行きの描き方です。江戸の名所絵の多くは、俯瞰や高い視点から画面を層のように重ねて奥行きを作ります(広重の構図がその代表です)。開化絵はこれと逆で、道路やレールの両端の線を画面の奥の一点にすっと収束させる、西洋仕込みの「一点透視」を使うことが多いのです。れんが造りの建物やガス灯と並んで、この収束する線こそ、開化絵らしさの正体です。

江戸の名所絵——重ねて奥行きを作る 視点を変え、面を層のように積む 開化絵——一点透視で奥へ収束 道や建物の線が画面奥の一点に集まる
奥行きの作り方を簡略化した図解です。左は伝統的な名所絵に多い、視点を変えて重ねる構図。右は開化絵に多い、建物や道路の線を画面奥の一点(消失点)に集めて描く、西洋の線遠近法です。

触れておくべきジャンルとして——春画

春画は男女の性愛を描いた版画で、江戸のあいだずっと広く流通した、れっきとした浮世絵のいちジャンルです。歌麿、北斎、国貞といった一流の絵師のほとんどが手がけており、当時は縁起物や嫁入り道具として扱われた側面もありました。表現の性質上、当サイトでは図版の掲載を見送りますが、浮世絵の全体像を語るうえで存在しなかったことにはしたくありません。近年は国内外の美術館でも大規模な展覧会が開かれるなど、美術史の一分野として正面から扱われるようになっています。

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