これだけ用語集

当サイトの記事を読むのに必要な言葉だけを集めました。網羅的な浮世絵辞典を作るつもりはありません(それは専門機関のデータベースに任せます)。分からない言葉に出会ったら、その都度ここへ戻ってきてください。

歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」。雨の線とぼかしの技法が詰まった名所絵
歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」安政4年(1857)。大判・名所絵・ぼかし——この1枚だけでも、ここに載せた用語がいくつも詰まっています。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

形と大きさ

錦絵(にしきえ)
多色摺りの浮世絵版画のこと。明和2年(1765)頃に技術が確立し、錦のように美しいと評判になったのが名の由来です。私たちが「浮世絵」と聞いて思い浮かべるカラフルな絵は、ほぼこれです。
大判(おおばん)
浮世絵版画のいちばん標準的なサイズで、およそ39×26.5cm。B4用紙より少し縦長、と覚えると額を選ぶときに役立ちます。
間判(あいばん)
大判より一回り小さい判型(およそ33×23cm)。ほかにも中判・細判といったサイズがあります。
三枚続(さんまいつづき)
大判3枚を横に並べて1つの画面になる形式。役者の舞台場面や合戦図に多く使われました。後世バラ売りされた「1枚だけ」も市場によく出ます。
摺物(すりもの)
俳句の会の記念や年賀など、私的な配り物として作られた版画。市販はされません。少部数で贅沢な摺りのものが多いジャンルです。
版本(はんぽん)
木版で摺られた本のこと。絵入りの版本は浮世絵師の重要な仕事場で、北斎漫画も版本です。
十二支を金属粉で摺り出した摺物。動物のシルエットと、その下に配された狂歌の文字組
十二支の摺物 慶応2年(1866)。真鍮粉(しんちゅうふん)で十二支の動物を金の切り絵のように摺り出し、その下に狂歌を配した年始の一枚です。市販の錦絵とは違う、私家版らしい贅沢な摺りと文字組みがよく分かります(絵師は所蔵館の記録に「Indai」とあるのみで、詳しい経歴は伝わっていません)。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)
大判
39×26.5cm
間判
33×23cm
中判
26×19cm
細判
33×15cm

同じ縮尺(1cm=3.2px)で並べています。朱枠の大判を基準に、判型ごとの大きさの違いを比べてみてください。

三枚続は、この大判(縦約39×横26.5cm)が横に3枚並んで1つの画面になる形式です。横幅は単純計算で約80cm、高さは大判1枚分の約39cmのまま変わりません。

東洲斎写楽が描いた三代目大谷広次の役者絵。縦に細長い細判のプロポーションで、格子柄の着物を着た役者の全身像が大きく描かれている
東洲斎写楽、三代目大谷広次を描いた役者絵。寛政6年(1794)、細判3枚続の左端の1枚。縦31.1×横14.1cmという細長い判型が、上の大判・間判・中判と並べた図とは違う、実物の細判の縦長さの感覚をよく伝えます。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

作り手

版元(はんもと)
企画とお金を出し、絵師・彫師・摺師を束ねて浮世絵を出版した、今でいう出版社。蔦屋重三郎が有名です。絵の余白に押された版元印で見分けられます。
絵師(えし)
版下絵(デザイン)を描く人。北斎も広重も、版画については「原画とディレクション」の担当で、彫りも摺りもしていません。
彫師(ほりし)
絵師の版下絵をもとに版木を彫る職人。髪の毛1本1本を彫り分ける「毛割」は彫師の腕の見せ所です。
摺師(すりし)
版木に絵具をのせ、紙に摺る職人。ぼかしなどの摺りの表現は摺師の技術で、同じ版木でも摺師が変われば仕上がりの表情が変わります。
画号(ごう)
絵師の名乗り。ペンネームのようなもので、生涯に何度も変える絵師もいました(北斎は30回ほど改号)。
落款(らっかん)
絵の中に入れられた絵師の署名や印。「北斎改為一筆」のように、当時の名乗りが分かるので制作年代の手がかりになります。
襲名(しゅうめい)
歌舞伎と同じく、絵師の名も名跡として代々受け継がれました。「広重」「豊国」には二代目・三代目がいて、何代目かで作品の評価も値段も変わります。

摺りと状態

初摺(しょずり)
版木が新しく、絵師の監修が効いている初期の摺り。色の指定やぼかしが丁寧で、最も評価が高くなります。
後摺(あとずり・のちずり)
売れ行きに応じて後から摺り増したもの。版木が摩耗し、色数やぼかしが省略されることも。江戸当時の「本物」ですが、初摺より安く取引されます。
後版(こうはん)
版木を新たに彫り直して出版されたもの。同じ図柄でも別の版木による別物です。
復刻(ふっこく)
近現代に、当時の技法で新たに彫り・摺りして再現したもの。それ自体が良質な工芸品ですが、江戸期の原版画とは市場が別です。
ぼかし
空や水面の色をグラデーションで摺る技法。版木を湿らせて絵具をぼかす、摺師の手作業です。同じ絵でも摺りによってぼかしの表情が全く違います。
空摺(からずり)
絵具を付けずに版木を強く押し当て、紙に凹凸の模様だけを付ける技法。着物の紋様などに使われ、実物を斜めから見ると浮かび上がります。図録や画面ではまず分かりません。
雲母摺(きらずり)
雲母(うんも)の粉を使って背景をきらきらと輝かせる技法。写楽の大首絵の黒雲母背景が有名です。これも実物でこそ映えます。
裏写り(うらうつり)
薄い和紙に強く摺るため、絵具が紙の裏まで抜けている状態。本物の木版画の証拠のひとつとされ、印刷複製との見分けの手がかりになります。
耳(みみ)
画面の外側に残された紙の余白のこと。ここが残っている個体は切られていない証拠で、評価が上がります。
裁ち落とし(たちおとし)
余白や画面の端が切り詰められていること。額に合わせて切られたり、題名や印ごと失われた個体もあり、値段に響きます。

制度と印

改印(あらためいん)
幕府の検閲を通った証として押された印。時期によって印の形式が変わるため、絵の制作年を推定する最有力の手がかりになります。
極印(きわめいん)
寛政期などに使われた「極」の字の検閲印。改印の一種です。
名主印(なぬしいん)
検閲を担当した町名主の印。担当名主の在任期間から年代を絞り込めます。
版元印(はんもといん)
出版した版元のマーク。蔦屋の富士山に蔦の葉など、屋号を図案化したものが多く、見分けられるようになると急に絵が「読めて」きます。

ジャンル

役者絵(やくしゃえ)
歌舞伎役者を描いたブロマイド。浮世絵の売れ筋の中心でした。
美人画(びじんが)
評判の看板娘や遊女など、女性の姿を描いたジャンル。歌麿が頂点とされます。
名所絵(めいしょえ)
風景画のこと。北斎の冨嶽三十六景、広重の東海道五十三次で一大ジャンルになりました。
武者絵(むしゃえ)
合戦や豪傑を描いたジャンル。国芳の水滸伝シリーズが火付け役です。
大首絵(おおくびえ)
顔と上半身を大きくクローズアップした構図。歌麿の美人画、写楽の役者絵で知られます。
開化絵(かいかえ)
明治の文明開化の風物——汽車、洋館、ガス灯など——を描いた錦絵。江戸とも西洋とも違う独特の面白さがあります。
光線画(こうせんが)
小林清親が明治9年(1876)から発表した、光と影の表現を主役にした風景版画の呼び名。「最後の浮世絵師」の代名詞です。
肉筆浮世絵(にくひつうきよえ)
版木を作らず、絵師が描いた紙や絹そのものを作品として仕上げたもの。版画の下絵も筆で描かれますが、そちらは彫るときに版木ごと削られて消えます。肉筆は彫師・摺師を通らないぶん「絵師の生の線」がそのまま残り、複製も存在しません。市場も値段も版画とは別世界です。

この用語集は、記事が増えるたびに育てていきます。「この言葉が分からなかった」というものに出会ったら、それはこちらの説明不足です。