一枚語り 第4回 歌麿「三婦艶」——名前の書いていない三美人
歌麿の美人画は、みんな同じ顔に見える。よく聞く感想です。この一枚から三人の顔だけを切り出して横に並べたら、そう言い切れるかどうか。
三人の顔だけを、横に並べます
眉から見ていきます。左の人の眉は短くて細く、ほとんど水平に引かれている。中央の人の眉は長くて、外側の端がすっと下がる。右の人の眉はいちばん太くて、はっきり弧を描いています。三本とも別の筆づかいです。
目も違います。左の人は上まぶたが重く、瞳がほとんど隠れて細い線になっている。中央の人はいちばん大きく開いていて、白目の面積がある。右の人は目尻の切れ上がりが強く、上まぶたの線がまっすぐ横に伸びていきます。
口はどうか。左の人は小さくまとまり、上唇の山が丸い。中央の人は下唇が厚く、赤の面が広い。右の人はまた小さく、下唇に色が濃く置かれています。
顎の線でも分かれます。左の人は長くて、先が柔らかくとがる。中央の人は頬が張っていちばん丸い。右の人は四角く、首すじの筋が一本くっきり出ています。
三人とも同じ顔に見えるという感想は、こうして拡大せずに眺めているかぎり無理もありません。切り出して同じ大きさに並べて初めて、これは描き分けだとはっきり分かる。歌麿の描き分けは、輪郭の外形ではなく、眉と目と口の内側だけで行われています。歌麿のページで書いた大首絵という形式は、この差を見せるためにあったのだと思います。
誰なのかは、書いてありません
ここが不思議なところです。この紙の上には、三人の名前がありません。題箋にあるのは「三婦艶」の三文字だけ。人物ごとの名前を入れた枠も、名前を読ませる判じ絵の仕掛けも見当たりません。
寛政期の歌麿は、実在の町の評判娘を描いて売りました。名前を出すことが商品価値だったはずの絵師が、この一枚では出していない。買った人は誰だか分かって買ったのか、分からないまま買ったのか。分かっていて買ったのなら、当時の江戸ではこの三人の顔が名札なしで通じたということになります。
手も描き分けてあります。左は指を曲げて布をつまみ、右は開いた扇の柄を握る。持ち物が違えば手の形も変わるという、当たり前のことをきちんとやっている。
そして左の人の袖には、丸の中に葉を三つ組み合わせた紋が入っています。着物の紋は人物を特定する手がかりになりますが、この紋がどの家のものか、私には判定できませんでした。ここは分からないままにしておきます。
丸い「極」の印
左上に、小さな丸い印があります。中は「極」の一字。検閲を通ったことを示す印で、寛政2年(1790)の出版取締令のあとに使われるようになりました。その下は版元の印です。
この印は、絵を見るときの日付の手がかりになります。丸い「極」だけが押してある絵と、名主の名前が並んでいる絵と、干支と月が入った絵では、出た時期が違う。詳しくは検閲と改印に書きました。
背景は、何もありません
三人の後ろには何も描かれていません。部屋も、道具も、季節を示すものも。紙の色がそのまま背景です。
この空白のおかげで、視線が顔から離れなくなります。着物の柄——青緑の縞、黒地に白の絣、赤の花文様——は肩から下にだけあって、顔の周りは完全に空いている。どこを見せたいかが、はっきりしすぎるほどはっきりしています。
そのうえで三人の首から胸にかけての線を追うと、上の人はまっすぐ立ち、手前の二人はそれぞれ逆向きに首をかしげている。顔の向きが三方向に散っているので、三つの頭が縦に重なっているのに、窮屈に見えません。
つづけて読む
- 一枚語りの目次に戻る
- 第3回 阿弥陀ヶ滝 — 北斎が滝の水源をまん丸に描いた一枚
- 喜多川歌麿 — 大首絵という形式の話
- 検閲と改印 — 印から年代を読む