一枚語り 第4回 歌麿「三婦艶」——名前の書いていない三美人

歌麿の美人画は、みんな同じ顔に見える。よく聞く感想です。この一枚から三人の顔だけを切り出して横に並べたら、そう言い切れるかどうか。

喜多川歌麿「三婦艶」。三人の女性の頭部と肩を大きく描いた大判。奥の一人が上、手前の二人が左右に並ぶ。背景は無地の生成りで、右上に題、左に落款と丸い印
喜多川歌麿「三婦艶(さんぷのえん)」寛政3年(1791)頃。大判、縦38.7cm×横25.7cm。右上に「三婦艶」の題、左に「歌麿筆」の落款。メトロポリタン美術館は英題を "Three Beauties of the Kwansei Period" としています。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

三人の顔だけを、横に並べます

同じ絵から三人の顔だけを切り出して横に並べた図。左は奥の女性、中央は手前左の女性、右は手前右の女性。それぞれ眉の形、目のあきかた、鼻筋、口の大きさ、顎の輪郭が異なる
左が奥の一人、中央が手前左、右が手前右。同じ大きさに揃えて並べたものです。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)を部分拡大

眉から見ていきます。左の人の眉は短くて細く、ほとんど水平に引かれている。中央の人の眉は長くて、外側の端がすっと下がる。右の人の眉はいちばん太くて、はっきり弧を描いています。三本とも別の筆づかいです。

目も違います。左の人は上まぶたが重く、瞳がほとんど隠れて細い線になっている。中央の人はいちばん大きく開いていて、白目の面積がある。右の人は目尻の切れ上がりが強く、上まぶたの線がまっすぐ横に伸びていきます。

口はどうか。左の人は小さくまとまり、上唇の山が丸い。中央の人は下唇が厚く、赤の面が広い。右の人はまた小さく、下唇に色が濃く置かれています。

顎の線でも分かれます。左の人は長くて、先が柔らかくとがる。中央の人は頬が張っていちばん丸い。右の人は四角く、首すじの筋が一本くっきり出ています。

三人とも同じ顔に見えるという感想は、こうして拡大せずに眺めているかぎり無理もありません。切り出して同じ大きさに並べて初めて、これは描き分けだとはっきり分かる。歌麿の描き分けは、輪郭の外形ではなく、眉と目と口の内側だけで行われています。歌麿のページで書いた大首絵という形式は、この差を見せるためにあったのだと思います。

誰なのかは、書いてありません

ここが不思議なところです。この紙の上には、三人の名前がありません。題箋にあるのは「三婦艶」の三文字だけ。人物ごとの名前を入れた枠も、名前を読ませる判じ絵の仕掛けも見当たりません。

寛政期の歌麿は、実在の町の評判娘を描いて売りました。名前を出すことが商品価値だったはずの絵師が、この一枚では出していない。買った人は誰だか分かって買ったのか、分からないまま買ったのか。分かっていて買ったのなら、当時の江戸ではこの三人の顔が名札なしで通じたということになります。

画面下部の帯状の拡大。左では指を曲げた手が淡い色の布をつまみ、青緑の縞の着物に丸い紋が見える。右では手が開いた扇の柄を握り、黄色い骨と濃い地の扇面がのぞく
画面の下端。左の人は布をつまみ、右の人は扇の柄を握っています。左の袖には丸の中に葉を組み合わせた紋が入っています。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)を部分拡大

手も描き分けてあります。左は指を曲げて布をつまみ、右は開いた扇の柄を握る。持ち物が違えば手の形も変わるという、当たり前のことをきちんとやっている。

そして左の人の袖には、丸の中に葉を三つ組み合わせた紋が入っています。着物の紋は人物を特定する手がかりになりますが、この紋がどの家のものか、私には判定できませんでした。ここは分からないままにしておきます。

丸い「極」の印

画面左上の拡大。丸い枠の中に「極」の一字が入った印と、その下に山形の中へ花を配した版元の印が押されている
左上の印。丸い枠に「極」の一字。その下は版元の印で、山形の中に花が入っています。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)を部分拡大

左上に、小さな丸い印があります。中は「極」の一字。検閲を通ったことを示す印で、寛政2年(1790)の出版取締令のあとに使われるようになりました。その下は版元の印です。

この印は、絵を見るときの日付の手がかりになります。丸い「極」だけが押してある絵と、名主の名前が並んでいる絵と、干支と月が入った絵では、出た時期が違う。詳しくは検閲と改印に書きました。

題の読みは所蔵館の記録にありません。この記事では「さんぷのえん」としましたが、別の読み方をする資料もあります。三人が誰かについては、メトロポリタン美術館の記録にも名前の記載がありません。歌麿には同時期に別の三美人図があり、そちらと混同されることがあるため、ここでは絵の中に見えることだけを書いています。

背景は、何もありません

三人の後ろには何も描かれていません。部屋も、道具も、季節を示すものも。紙の色がそのまま背景です。

この空白のおかげで、視線が顔から離れなくなります。着物の柄——青緑の縞、黒地に白の絣、赤の花文様——は肩から下にだけあって、顔の周りは完全に空いている。どこを見せたいかが、はっきりしすぎるほどはっきりしています。

そのうえで三人の首から胸にかけての線を追うと、上の人はまっすぐ立ち、手前の二人はそれぞれ逆向きに首をかしげている。顔の向きが三方向に散っているので、三つの頭が縦に重なっているのに、窮屈に見えません。

この絵の三人は、髪の結い方も少しずつ違います。上の人は髷が大きく前へせり出し、簪を横に一本と、房のついた飾りを挿している。手前左の人は髷が小さくまとまり、簪は一本だけ。手前右の人は鬢が横へ大きく張り出しています。顔を見比べる前に、髪型を見比べるだけでも三人だと分かる作りです。

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