摺り比べ 第7回 三島 朝霧——霧の色が違う
霧を描いた絵は、摺師の腕がいちばん出ます。同じ版木から出た二枚を並べたら、片方の霧は灰色で、もう片方は青緑でした。
一枚目、灰色の霧
三島宿の朝です。手前で駕籠が担がれ、馬に乗った旅人が通り、その向こうに三嶋大社の鳥居と石灯籠が並んでいる。ただし奥のものは、輪郭だけで中身がありません。
二枚目、青い霧
並べた瞬間、時間が変わったように見えました。一枚目は白い朝の霧です。二枚目は、まだ日が昇りきる前の青い空気に見える。
空の作り方が違います
一枚目の空は、上端に藍を細く帯で置いて、そこで切っています。帯の下は摺っていない紙です。二枚目は上端の青緑がずるずると下まで伸びて、どこで終わったのか分からないまま霧の面に溶けていく。
ぼかしをどこで止めるか。版木には目印がありません。馬連を当てる強さと、水の含ませ方で決まります。第1回で空の色を見比べたときと同じで、空はいちばん摺師の裁量が大きい部分です。
鳥居と灯籠の色
形はぴったり同じです。鳥居の笠木の反りも、灯籠の笠のかたちも、奥の柵の縦線の本数も、重ねたら一本ずれません。違うのは、そこに置かれた色だけ。
この違いが効くのは、遠景が「霧に沈んだ景色」なのか「青い光の中の景色」なのかを決めてしまうからです。一枚目の灰青は、物が見えにくくなっている感じがする。二枚目の青緑は、物ははっきり見えているのに空気が青い、という感じがします。同じ紙のはずなのに、天気の説明が変わってしまう。
消えていく旅人
左端の旅人三人は、どちらの摺りでも霧に半分消えています。ただし消え方が違う。一枚目は灰色の中に笠と杖と背中の荷が見分けられて、まだ人の形をしている。二枚目は青緑の板を人の形に切り抜いたようになって、持ち物が判別しづらい。
もう一つ、馬です。一枚目は後脚に灰褐色が乗っていて、毛を表す細い線がその上を走ります。二枚目は同じ場所に色が乗っておらず、紙の白に線だけが残っている。第4回で紅が丸ごと抜けた一枚を見ましたが、色が一版分抜けるとこう見えるのか、という実例です。
霧は、絵師ではなく摺師が作っている
この二枚を通して思うのは、広重が版下で描いたのは「霧の中の三島」という構図までで、霧そのものは摺師が作っている、ということです。
鳥居の形は絵師が決めました。でも、その鳥居がどれくらい遠くに見えるかは、そこへ置く色の濃さで決まる。同じ版木から灰色の朝と青い朝が出てくるのは、そこに裁量があるからです。
浮世絵は絵師の名前で売られ、絵師の名前で語られます。この二枚を並べると、その言い方が半分しか合っていないことがよく分かる。工程の話で彫師と摺師を紹介しましたが、名前が残らなかった側の仕事は、こういうところに残っています。
つづけて読む
- 摺り比べ 第1回 神奈川沖浪裏 — 連載の出発点
- 第6回 甲州石班沢 — 藍だけで摺った一枚と、色をのせた一枚
- 浮世絵ができるまで — 彫師と摺師の仕事
- 切られた浮世絵、切られていない浮世絵 — 紙の縁の話