浮世絵とは何か——版画であるということ
浮世絵入門 第1回。浮世絵のいちばん大事な性質は「美しい」ことではなく、「印刷物である」ことだと思っています。ここから全部の話が始まります。
この絵、世界に1枚ではありません
おそらく世界でいちばん有名な日本の絵、北斎の「神奈川沖浪裏」。メトロポリタン美術館にも、大英博物館にも、すみだ北斎美術館にもあります。盗まれたわけでも、複製を飾っているわけでもありません。もともと同じ版木から何百枚も摺られた印刷物だからです。
ここが油絵や肉筆画との決定的な違いです。筆で直接描かれた絵は、この世に1点しかありません。見たければ所蔵している美術館まで足を運ぶしかない。一方の「神奈川沖浪裏」は当時何千枚と摺られ、現存するものだけでも世界中に散らばっています。浮世絵とは、木の板に絵を彫り、紙に摺った木版画——つまり江戸時代の商業印刷なのです。
「なんだ、印刷か」とがっかりした人にこそ、この先を読んでほしい。印刷だからこそ安く、安いからこそ庶民が買え、庶民が買うからこそ役者もスターも旅の風景も、その時代の「見たいもの」が全部詰まった。浮世絵が面白いのは、美術品である前に江戸のメディアだったからです。実物を前にすると、色の鮮やかさに驚く人が多いと聞きます。とりわけ差が出るのが赤です。江戸の赤は紅花からとった紅(べに)という植物性の色素で、花びらのわずか1パーセントほどしか採れない貴重な染料である一方、熱と光にめっぽう弱く、退色が早い性質を持っています。150年以上、光にさらされ続けた紅は、鮮やかな紅色ではなく、褪せた黄土色や茶色に近づいていることが少なくありません。美術館で「赤いはずの着物が茶色っぽい」と感じたら、それは印刷や劣化のせいではなく、紅そのものが色を手放していく速度が目に見えているということです。逆に藍は退色に強いので、同じ1枚の中で赤だけが先に褪せ、藍だけが江戸のままの深さを保っている、という状態もよく見られます。
「浮世」とは今この瞬間のこと
浮世絵の「浮世」は、もともと仏教語の「憂き世」——つらく、はかない現世——から来ています。それが江戸時代に入ると、「どうせはかない世の中なら、浮かれて今を楽しもう」という意味にひっくり返りました。
だから浮世絵に描かれるのは、神話でも聖人でもなく、今です。今いちばん人気の役者。今評判の看板娘。今年開帳の寺社。今日の相撲の勝ち力士。ニュースも流行もゴシップも、絵にして摺って売る。ブロマイドであり、ポスターであり、旅行パンフレットであり、ときに号外でもありました。
一人の天才が描いたものではない
もうひとつ、最初に知っておくと絵の見方が変わる事実があります。浮世絵版画は、絵師が一人で作ったものではありません。
企画とお金を出す版元(今でいう出版社)、下絵を描く絵師、版木を彫る彫師、紙に摺る摺師。この四者の分業で作られる、完全にチームの仕事です。正直、彫師や摺師の名前は絵師ほど知られていません。それでも、北斎の波の輪郭線を実際に彫ったのは彫師ですし、あの藍のグラデーションを摺り分けたのは摺師です。
同じ版木でも、摺る時期や摺師の仕事によって仕上がりは驚くほど変わります。この話はのちのち、美術館で絵を見るときにも、いつか1枚買ってみたくなったときにも効いてくるので、頭の隅に置いておいてください。
見分け方のコツ——空を見る
上の「大はしあたけの夕立」で言えば、いちばん見分けやすいのは空の暗さです。摺りの良い1枚は、画面上端の藍が深く沈み、川面に向かって何段階もの濃淡でグラデーションしています。摺りを急いだ、あるいは版木が傷んだ後の1枚は、同じ版木を使っていても上端の藍が薄まり、階調の数が減って、空がのっぺりと単調に見えます。同じ図柄なのに「なんだかこっちの方が眠い」と感じたら、それは目の錯覚ではなく、摺師の手数が実際に減っている証拠です。摺師の仕事がどう仕上がりを左右するかは「版元・絵師・彫師・摺師——分業の仕組み」で、初摺と後摺の違いは「版木の寿命と摺り部数」で、それぞれ詳しく扱っています。
つづけて読む
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