名作シリーズ全図鑑

「冨嶽三十六景」も「名所江戸百景」も「東海道五拾三次」も、1枚ずつ買えるように売られていました。それなのに、なぜ今も「シリーズ」として語られるのか。この目次では、揃物(そろいもの)という浮世絵の商売のかたちから、収録済みシリーズの全図ガイドまでをまとめます。

1枚売りなのに、全部集めたくなる

浮世絵は基本的に、1枚ずつ買える商品でした。値段はかけそば1杯ぶん程度とも言われ、気に入った1枚だけを手にすることができた。役者絵も美人画も、たいていはこの単発売りが基本形です。ここまでは、今の雑誌の1冊買いに近い感覚です。

ところが版元は、同じ画題を連作として売り出す手法をくり返し使いました。「東海道の宿場を1宿ずつ」「江戸の名所を四季ごとに」「富士山をいろいろな場所から」——テーマと形式をそろえて何十枚も出せば、1枚だけで満足していた買い手が、次の1枚も欲しくなる。そろえて飾りたい、全部見たいという気持ちを起こさせる作りになっていたわけです。評判がよければ図数はさらに伸び、当初の予告より多い枚数で完結するシリーズも珍しくありません。1枚売りの商品を、買い手自身に「集める」という体験へ変えてしまう——揃物は、そういう仕掛けを持った売り方でした。

この当たった連作は、たいてい当初の予告どおりの枚数では終わりません。「冨嶽三十六景」は好評につき裏富士10図を追加し、三十六景なのに46図で完結しました。「名所江戸百景」も、百景という数字を掲げながら、季節と名所を拾い集めるうち119図まで伸びています。数字が実態とずれたまま今もそのタイトルで呼ばれ続けているのは、それだけ売れて、増刷でも間に合わず、続きを作り続けるしかなかったことの跡でもあります。この目次に並ぶ各シリーズの全図ガイドでは、その「ずれ」の理由もそれぞれ書いています。

歌川広重「名所江戸百景 両国花火」。夜空に打ち上がる花火の光の粒と、両国橋を渡る人々、川面を行き交う無数の屋形船や小舟を描く
歌川広重「名所江戸百景 両国花火」安政5年(1858)。119図の一つに過ぎない両国の花火ですが、これ単体で見ても江戸の夏の名物として通じます。揃物の1図は、単品としても鑑賞に堪える1枚であることが多いのです。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

収録済みシリーズ

これから収録したいシリーズ

揃物として名前が知られているシリーズは、この3本だけではありません。この目次には、いずれ以下のシリーズも全図ガイドとして加えていく予定です。

1枚単位で見ても楽しい浮世絵ですが、揃物として通しで眺めると、版元がどこで数字を増やし、絵師がどう飽きさせない工夫をしたかまで見えてきます。1枚を選ぶ楽しさと、シリーズを通す楽しさは、別の体験です。

つづけて読む