名所江戸百景 全119図ガイド——なぜ「百景」なのに119図あるのか
歌川広重の最晩年の代表作「名所江戸百景」。タイトルには「百景」とありますが、実際に数えると119図あります。「大はしあたけの夕立」や「亀戸梅屋舗」のような有名図だけを知っていて、その先の全体像は知らないという方も多いと思います。刊行の経緯から、春夏秋冬に分かれた構成、主要図の一覧、そしてまだどこにも出していない代表図4点まで、このシリーズの全体像を1本にまとめました。119図もあるので、全部を一度に追う必要はありません。
「百景」なのに、なぜ119図あるのか
広重が「名所江戸百景」に着手したのは安政3年(1856)2月。最後の図が出たのは安政5年(1858)10月です。版元は魚屋栄吉(うおや えいきち)。梅素亭玄魚が手がけた目録1図と、119枚の絵で構成され、合わせて全120点の揃物になります。前年の安政2年(1855)、江戸は直下型の安政江戸地震に見舞われていました。倒壊した町を建て直しつつある江戸に、広重は季節ごとの名所を1枚また1枚と重ねていきます。
「百景」という数字は、おそらく当初の目安として掲げられたものです。ところが江戸のあらゆる季節と時間帯を拾い集めるうち、実際の図数はその目安を追い越して119まで伸びました。しかもシリーズは完成を見ないまま、安政5年9月、広重は61歳で没します。存命中に仕上げたのは118図。残る1図「赤坂桐畑雨中夕けい」は弟子の二代広重が補い、目録1図を合わせて全120点の揃いとして世に出ています。二代広重は初代の門人で、名跡を継いだのは師の没後のことです。119図のうち最後の1枚を任されたことは、それだけ師から信頼された弟子だったことの表れなのかもしれません。
「三十六」なのに46図ある冨嶽三十六景とよく似た数字のずれですが、理由の中身は少し違います。冨嶽三十六景は好評につき裏富士10図を追加で刷った、はっきりした続編でした。江戸百景の場合は、最初から一つの連作として刊行され続けるうち、目安として掲げた数字を実質のほうが追い越してしまった——つまり「当たったから足した」のではなく「作り続けたら増えた」に近い伸び方です。どちらのシリーズも、当初の予告どおりの枚数では収まらなかった点は共通しています。
もう一つ押さえておきたいのは、119図が一度に売り出されたわけではないという点です。安政3年2月から安政5年10月まで、およそ2年半をかけて数図ずつ分けて刊行されています。今の感覚で言えば、単行本の一括発売より連載に近い売り方です。買い手は毎月のように新しい名所絵を手に入れながら、手もとの図が少しずつ増えていくのを楽しんでいたはずです。
四季で読む119図——春42・夏31・秋26・冬20
このシリーズのもう一つの特徴は、119図が春夏秋冬の四季で構成されていることです。目録にも四季ごとの区分があり、慣例的な通し番号では、春が1番から42番、夏が43番から73番、秋が74番から99番、冬が100番から119番までとされています。42+31+26+20で119図。江戸の1年を、名所と行事と天気で丸ごと描き切ろうとした構成です。春の部には花見や初詣、夏の部には夕立や花火や祭り、秋の部には月見や紅葉、冬の部には雪景色がそれぞれ多く並びます。1図ごとに場所は変わっても、季節の行事や天気が主役であることは変わりません。この点は広重の記事で「天気と時刻を描いた人」と書いた性質が、119図というスケールでそのまま反復されている、とも言えます。
119図すべてを裏取りして並べるのが理想ですが、確実に確認できた図に絞り、四季ごとの主要図を抜き出した一覧にしています。番号は上記の慣例的な通し番号です。
この四季区分がわかるのは、120枚のうち1枚が「目録」だからです。梅素亭玄魚という図案家が手がけたこの目録には、119図すべての図名が春夏秋冬に分けて書き並べられています。文字だけで絵の入らない1枚ですが、このシリーズを1つの作品としてまとめる役目を担った、いわば全体の目次にあたる図です。当時の買い手も、この目録を手がかりに自分の持っている図を数え、抜けている図を探していたはずです。
| 番号 | 図名 |
|---|---|
| 1 | 日本橋雪晴 |
| 9 | 筋違内八ツ小路 |
| 11 | 上野清水堂不忍ノ池 |
| 17 | 飛鳥山北の眺望 |
| 30 | 亀戸梅屋舗 |
| 35 | 隅田川水神の森真崎 |
| 39 | 吾妻橋金龍山遠望 |
| 42 | 玉川堤の花 |
| 番号 | 図名 |
|---|---|
| 45 | 鎧の渡し 小網町 |
| 53 | 大はしあたけの夕立 |
| 57 | 堀切の花菖蒲 |
| 58 | 亀戸天神境内 |
| 64 | 水道橋駿河台 |
| 71 | 五百羅漢さゞゐ堂 |
| 番号 | 図名 |
|---|---|
| 74 | 市中繁栄七夕祭 |
| 77 | 京橋竹がし |
| 83 | 月の岬 |
| 87 | 四ッ谷内藤新宿 |
| 91 | 猿わか町よるの景 |
| 99 | 両国花火 |
| 番号 | 図名 |
|---|---|
| 100 | 浅草金龍山 |
| 104 | 千住の大はし |
| 106 | 御厩河岸 |
| 108 | 深川洲崎十万坪 |
| 115 | びくにはし雪中 |
| 119 | 王子装束ゑの木 大晦日の狐火 |
代表図を4枚、じっくり見る
ここからは実物で見ていきます。春夏秋冬から1枚ずつ、この記事のためにあらためて選びました。広重の記事や江戸百景の買い方の記事ではまだ扱っていない4図です。119図のうちの4枚にすぎませんが、選んだのは、有名かどうかより「この記事で初めて見る人にも、どこを見ればいいかが一目でわかる図」という基準です。
隅田川水神の森真崎——広重には珍しい、ぼかしのない空
枝いっぱいの桜が画面の上半分を覆い尽くし、その下に隅田川、対岸には二つの峰を持つ山影——おそらく筑波山です。近景を巨大に、遠景を隙間に押し込める広重らしい構図はここでも健在ですが、この1図で目を引くのはむしろ空の色です。他の代表作でよく使われる「一文字ぼかし」を使わず、上から下までほぼ均一な濃い藍の一枚板で塗りつぶしている。花の白とピンク、川の水色、そして手前の緑の水田。色数を絞ったぶん、桜の輪郭がくっきりと際立ちます。同じ絵師でも、図によってぼかしを使うか使わないかを選んでいたことがよくわかる1枚です。手前の緑の水田で作業する人影は米粒ほどの大きさしかなく、桜と空の存在感の前ではほとんど点景に近い扱いです。
堀切の花菖蒲——花を、建物と同じ大きさで描く
堀切は、当時から花菖蒲の名所として知られた土地でした。この図で驚くのは、花の大きさです。近景を巨大にする広重の癖は他の絵師の記事でも書きましたが、たいていは橋の欄干や木の幹のような建造物・大木が主役になります。ここでは1輪の花菖蒲が、奥の見物客とほぼ同じ、あるいはそれ以上の大きさで描かれている。花を風景の点景ではなく、建築物なみの存在感を持つ主役として扱った、思い切った1枚です。淡いピンクへ抜ける夕暮れの空も、湿地の静けさによく合っています。画面の下端では、水面に映った花菖蒲の影が細い線でそっと描き添えられていて、見落とすと気づかないくらいの控えめさです。
京橋竹がし——満月と、竹の黒いシルエット
京橋のたもと、竹問屋が並んでいた河岸を描いた1図です。見てほしいのは、左半分を占める竹の描き方。何十本もの竹材を束ねて立てただけのものが、鋸の歯のような黒いぎざぎざのシルエットになって、なだらかな橋の弧と正面からぶつかり合っています。空にかかる満月は小さく淡いのに、この黒いシルエットのおかげで画面全体がぴりっと締まる。橋の上には荷を担いだ人や、祭りの道具らしきものを手にした一団も見えます。名所絵でありながら、光と影の対比だけで魅せにいった1枚だと思います。橋の下では船頭が1人、竿を差して荷を積んだ舟を操っていて、橋の上のにぎわいと川面の静けさが上下2段に分かれているのも見どころです。
浅草金龍山——今も同じ場所に立てる1枚
浅草寺、雷門の巨大な提灯です。画面の上端で切れてしまうほど大きく提灯を配置し、雪の参道の先に五重塔を小さく望む——広重の近景拡大・遠景圧縮がもっとも極端に出た1枚だと思います。この提灯、今の雷門に下がっているものと同じ図案です。江戸から160年以上たった今も、浅草に行けば広重が立っていたのとほぼ同じ場所に立って、同じ提灯を見上げることができる。119図の中でも、現在との距離がいちばん近い1枚だと感じます。降り積む雪の白い点が提灯の赤と黒の上にまで細かく散らされていて、静かな夜ではなく、昼間の賑わいの中に降る雪だとわかる描き分けもさりげなく効いています。
119図から、まず何を見るか——先に見るならこの5図
119図すべてを一度に眺めるのは、正直しんどい作業です。全部見るのはいつでもできるので、まず5図だけ選ぶならどれか、一人の浮世絵好きとして言い切ってしまいます。
- 浅草金龍山(冬の部・100番) — 今の浅草に行けば、同じ提灯を見上げられる1枚。シリーズの入り口にちょうどいい。
- 大はしあたけの夕立(夏の部・53番) — シリーズの代名詞。ゴッホが油彩で模写したことでも知られます。
- 亀戸梅屋舗(春の部・30番) — こちらもゴッホが模写した1図。梅の幹を画面の真正面に立てる大胆さ。
- 堀切の花菖蒲(夏の部・57番) — 花を建物なみの大きさで描く、広重の近景拡大がもっとも振り切れた1枚。
- 王子装束ゑの木 大晦日の狐火(冬の部・119番、シリーズ最後の図) — 大晦日の夜、稲荷の使いの狐たちが集う伝説を、暗闇の静けさで描き切った、119図の締めくくり。
この5図に共通するのは、どれも1度見たら忘れられない「フック」を持っていることです。巨大な提灯、斜めの夕立、正面の梅の幹、花の大きさ、そして最後を飾る狐火。選ぶ基準は美術史的な重要度ではなく、単純に「初めて見た人が驚くかどうか」です。119図はどれも水準が高いシリーズなので、正直どこから見ても外れはありません。それでも最初の5図をあえて絞るなら、この並びを推します。ここから広げていけば、119図はそれほど遠くありません。
119図をまず全部眺めてみたいなら、お金はかかりません。シカゴ美術館やメトロポリタン美術館をはじめ、海外の美術館の多くがコレクションをオープンアクセスで公開していて、この記事で使った4点もすべてそこから借りています。高解像度でズームすれば、摺りの線の1本まで確認できます。館ごとの特徴や使い方は海外の浮世絵美術館の記事にまとめました。119図もあるシリーズなので、季節ごとに少しずつ、1年かけて眺めていくくらいがちょうどいいと思います。
いつか、119図の中から自分の1枚を
「百景」と名乗りながら119図もあるこのシリーズは、見る側にとってはむしろありがたい数字です。図数が多いということは、それだけ市場に出てくる母数も多いということ。北斎の代表作を1図だけ狙うのとは、探索の難易度がまるで違います。
いつか江戸百景を——後摺という現実的な選択肢では、119図の中から自分の生活と接点のある1枚を選ぶ話を書きました。通勤で通る駅の江戸時代の姿、子どもの頃に遊んだ川、行きつけの店の近所。119図もあれば、自分の土地の1図がだいたい見つかります。急いで1枚に絞る必要はありません。まずは眺めることから始めてみてください。
「百景」というタイトルと、119という実数のあいだにあるずれ。それは、当初の見積もりを裏切るほど、広重が江戸という町を描き尽くしたくなってしまった証だと、私は思っています。
つづけて読む
- いつか江戸百景を——後摺という現実的な選択肢 — 119図から自分の一枚をどう選ぶか
- 歌川広重は、天気と時刻を描いた人です — 広重の見分け方と代表作4点
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