海外の浮世絵美術館——所蔵数と「見られる数」はまったく別という話
「世界最大級の浮世絵コレクション」という評判を頼りにボストン美術館まで行って、私は浮世絵を1枚も見られませんでした。所蔵の大きさと「今日見られるか」はまったく別の情報です。その失敗の種明かしから、行く前にどう確認すればいいかまで、実用情報としてまとめます。
ボストンまで行って、一枚も見られなかった話
数年前、海外旅行のついでにボストン美術館(Museum of Fine Arts, Boston)に立ち寄りました。世界最大級の浮世絵コレクションで知られる館です。北斎や広重がずらりと並んでいるはず——そう高をくくって日本美術のフロアを歩き回ったのですが、目当ての浮世絵がほとんど見当たりません。屏風や刀剣、仏像はあるのに、肝心の錦絵がどこにもない。まさかと思って係員に何度も聞いてまわり、最終的に分かったのは、その日出ていた浮世絵は数点あるかないか、という現実でした。旅程はもう残りわずか。悔しいというより、恥ずかしさが先に立ちました。
帰国して調べて分かったのですが、原因は完全に私の下調べ不足でした。事前に5分検索していれば防げた恥です。ボストン美術館の日本版画コレクションは世界屈指の規模で、中核は、明治期に来日し医師として活動しながら浮世絵を集めたビゲローの旧蔵品と、スポルディング兄弟が大正10年(1921)に寄贈した版画——通称スポルディング・コレクションです。ところがこのコレクション、寄贈の条件そのものが「常設展示しないこと」。色褪せを防ぐため光にさらさず保管し続ける、という条件付きの寄贈でした。「行けば見られる」という思い込みを、私はこの旅で嫌というほど思い知らされました。あの日フロアを何周もした時間を返してほしいと、今でも半分本気で思っています。
あの空振りが教えてくれたのは、「所蔵数の大きさ」と「今日見られるかどうか」はまったく別の情報だということです。国内の展覧会なら出品リストで前期・後期の確認をするところですが(浮世絵展の情報を、自分で追えるようになる)、海外の館では公式サイトのコレクション検索と展示状況の確認が同じ役割を果たします。
そもそも、なぜ海外に浮世絵があるのか
なぜ海外の美術館がこれほど浮世絵を持っているのか。答えは明治期の流出史です。国内で浮世絵が紙屑同然に扱われていた時期に、来日した外国人たちがこぞって買い集めました。日本美術の価値を再発見したアーネスト・フェノロサ、浮世絵を大量収集したビゲロー、大森貝塚の発見者エドワード・モース——この3人をはじめとする欧米人コレクターが、今の海外美術館の浮世絵コレクションの土台です。経緯は別記事「なぜ浮世絵は廃れたのか」に譲ります。
主要館を「実際に見られるか」軸で紹介
所蔵数の大きさより「今行ったら見られるか」を軸に、調べた範囲の館をまとめます。ここから使う図版もメトロポリタン美術館とシカゴ美術館の所蔵品で、海外流出の記事なのに証拠写真まで海外から借りているという、メタな状況です。
ボストン美術館
「Arts of Japan」ギャラリー内に日本版画専門の展示室があり、色褪せを防ぐため照度を抑えてテーマ替え展示をしています。展示中でなくても、収蔵品は事前予約制の「モース・スタディルーム(Morse Study Room for Works on Paper)」で見せてもらえます。
メトロポリタン美術館(The Met)
日本版画・版本の多くは版画閲覧室で保管され、常時展示ではありません。コレクション検索の「On View」で絞り込むと空振りを防げます。
シカゴ美術館
実業家クラレンス・バッキンガム旧蔵の浮世絵コレクションが中核です。下の広重「亀戸梅屋舗」もここの所蔵品で、同じ図柄はゴッホが模写したことでも有名です。
大英博物館
日本版画の所蔵は、ボストンに次ぐ規模です。三菱商事支援の日本ギャラリーで年単位のテーマ替え展示があるほか、予約制の版画閲覧室もあります。
ホノルル美術館
ジェームズ・A・ミッチェナー旧蔵を中核とするコレクションで知られます。浮世絵専門の展示室があり、常設に近い感覚で出会える館です。
ミネアポリス美術館
日本美術の展示室を複数持ち、欧米でも屈指の規模の常設スペースがあります。「見られない」側とは逆の、常設展示が手厚い代表格です。
スミソニアン国立アジア美術館
フリーア・ギャラリーとサックラー・ギャラリーからなり、北斎の肉筆画では世界最大の所蔵数を誇ります。収蔵庫の閲覧は事前予約制です。詳しい条件は公式サイトで確認してください。
ライクスミュージアム(アムステルダム)
西洋で唯一江戸時代の日本と貿易を続けたオランダらしく、出島経由の日本美術の蓄積があります。収蔵品はプリントルーム(Rijksprentenkabinet)で閲覧予約ができます。
ギメ東洋美術館(パリ)
20世紀初頭にカモンドらが集めた日本美術コレクションが核です。版画は3ヶ月ほど展示すると3年間収蔵庫で休ませる運用で、退色を防ぐ姿勢が徹底しています。
行く前にできること
「所蔵している」ことと「今見られる」ことには大きな差があります。あの空振りを繰り返さないために踏んでおきたいのが、次の3段階です。
① 所蔵検索
コレクション検索
館の公式サイトで作品名や絵師名を検索し、そもそも所蔵しているかを確認する。
次へ: 展示状況の確認
② 展示状況を絞る
On View / 現在の展示
検索結果を「展示中」で絞り込む。ヒットしなければ収蔵庫にあり、会場では会えない。
次へ: 閲覧室の検討
③ 閲覧室を検討
プリントルーム予約
展示中でなくても、館によっては事前予約で実物を見せてもらえる制度がある。
その先: 会場か、閲覧室か
メトロポリタン美術館は、公式サイトのコレクション検索にキーワードを入れたあと、絞り込みパネルの「On View」にチェックを入れるだけで、今ギャラリーに出ている作品だけに結果が絞り込まれます。日本版画・版本の多くは版画閲覧室で保管されているため、このチェックを外したまま検索すると、実際には会場で見られない作品まで大量にヒットしてしまいます。
大英博物館の場合、展示中でなくても版画素描閲覧室(Prints and Drawings Study Room)を使えば収蔵品を見せてもらえます。研究者専用の制度と思われがちですが、実際には一般の来館者でも予約できます。申込方法や開室日は変わることがあるので、訪問前に公式サイトで確認してください。
国内の展覧会で出品リストを確認する場合の探し方・読み方は浮世絵展の情報を、自分で追えるようになる、会場でしか分からない見どころは浮世絵展を見るうえでのポイントにまとめています。海外旅行の下調べに「浮世絵」を1項目足すと、旅の見え方が変わります。それに、現地で出会えなくても道は残ります。多くの美術館がデジタルアーカイブで高解像度画像を無料公開しているので、会えなかった1枚は帰ってからでも画面越しに眺められます。
つづけて読む
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- 浮世絵展を見るうえでのポイント — 会場でしか分からない見どころの予習はこちら
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