買った後——額装・保管・退色対策

1枚買ってしまうと、次に悩むのは「どう飾るか」です。美術館みたいにきちんとしなければ、と身構える人が多いのですが、私の結論は逆でした。数千円の既製フレームで、いい意味で適当に飾ってしまうのがいちばん長続きします。押さえるべき最低限だけ押さえて、あとは気楽にいきましょう。

小林清親「武蔵百景之内 隅田川より真崎山遠景」。隅田川越しに真崎山を望む明治期の風景版画
小林清親「武蔵百景之内 隅田川より真崎山遠景」明治17年(1884)。こうした明治期の風景版画も、大判(縦約39cm×横約26.5cm前後)が基準サイズです。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)
額装専門店に頼めば、マットの色から額縁の見込みの深さまで相談できます。それは確かに気持ちのいい買い物です。ただ、最初の一枚からそこへ行く必要はありません。既製のフレームで数か月飾ってみると、自分がどのくらいの余白を好むのか、壁のどこに掛けたくなるのかが分かってきます。専門店へ持ち込むのは、それが分かってからで遅くありません。

大判に合う額のサイズ

浮世絵の大判錦絵は、だいたい縦39cm×横26.5cm前後です(版元や摺りの時期で数mm単位のばらつきはあります)。これに対して、日本の額縁店で扱う規格サイズは「太子」(288×379mm)、「四切」(348×424mm)、「大衣」(394×509mm)などが代表的です。太子は数値だけ見ると惜しいところまで来ていますが、縦379mmに対して絵が390mm近くあることもあり、マットなしでぴったり収めようとすると足りないケースが出てきます。余裕を持たせたいなら四切以上、マットの余白をしっかり取った額縁店らしい仕上がりにしたいなら大衣、というのが現実的な目安です。

ただ、規格額を新調しなくても、写真用・ポスター用として売られているA3サイズ(297×420mm)のフレームなら、大判1枚+細めのマットでそれなりに収まります。B4(257×364mm)は本来やや小さいのですが、後摺や後年の摺りで縁が詰まって小さめに仕上がった1枚(切られた浮世絵とはまた別の、単純に紙面が小さいタイプ)なら候補に入ります。手元の1枚を実際にメジャーで測ってから、額を選ぶのが結局いちばん早い方法です。面倒でも、ここは端折らない方がいいと思います。

B4
257×364mm
太子
288×379mm
浮世絵 大判
約265×390mm
A3
297×420mm
四切
348×424mm
大衣
394×509mm

同一縮尺(1mm=0.4px)で並べた大きさ比較。朱枠が浮世絵大判(縦約39cm×横約26.5cm)。B4・太子はこれよりひとまわり小さく、マットなしでは収まらない。四切・大衣・A3ならマットを足しても余裕がある。

中身で押さえておきたい数点

額の見た目より大事なのは中身です。ここだけは省略しないでください。

ひとつ目は、前面をUVカットアクリルにすること。紫外線を9割前後カットできるうえ、ガラスより軽くて割れにくく、地震で落ちたときの被害も小さく済みます。今どきの既製フレームはアクリル仕様が主流なので、意識して選べば特別な出費にはなりません。

ふたつ目は、絵を直接テープで貼らないこと。粘着テープの糊は時間が経つと変色したり紙に染み込んだりします。上端だけを和紙のヒンジで留める、あるいは市販のフォトコーナーで四隅をゆるく押さえる程度にとどめて、絵自体には接着剤を触れさせないのが基本です。

みっつ目は、マットや裏当ての紙を酸性のものにしないこと。段ボールや普通の厚紙はリグニンを含み、時間とともに酸を出して紙を焼きます。「中性紙」「酸不使用」と表示されたマット・台紙を選ぶだけで、この心配はほぼなくなります。中性紙マットは額縁店の専売特許ではありません。ホームセンターや通販でも普通に手に入ります。

飾る場所とローテーション

直射日光が当たる壁は論外として、蛍光灯やLED照明の下でも、光を浴び続ければ色は少しずつ抜けていきます。以前美術館がなぜ頻繁に展示替えをするのかを書きましたが、家庭でも理屈はまったく同じです。植物や昆虫由来の染料でできた紅や紫は光に弱く、数ヶ月飾りっぱなしにするだけでも変化が始まります。

だからこそ、できれば直射日光の入らない北向きの壁や、日中あまり照明が当たらない廊下を選び、そして何より、1枚をずっと掛けっぱなしにしないことです。季節ごとに掛け替える、来客のときだけ別の1枚に差し替える、くらいのゆるいローテーションで十分。何十年後かに「あの絵、まだこんなに色が残っているんだ」と驚けるのは、こまめに休ませてあげた絵だけです。

1. 直射日光 直射日光は厳禁 2. 照明でも 少しずつ退色する 3. ローテーション 掛け替えて休ませる
直射日光は論外として、蛍光灯やLEDの光でも紅・紫は少しずつ退色していく。だからこそ北向きの壁を選び、掛けっぱなしにせず、ときどき別の1枚と掛け替えて休ませる。

飾らないときの保管

複数枚集まってくると、全部を同時に飾りきれなくなります。そのときの保管は、桐箱のような立派なものでなくてかまいません。中性紙でできた保存袋や箱に1枚ずつ入れて、湿気の少ない場所に置く。それだけで十分です。押し入れの奥にしまいっぱなしにせず、季節の変わり目に袋から出して風を通してあげると、カビや虫害の予防になります。逆に湿度の高い場所や、除湿剤なしの密閉ケースへの長期放置は避けたいところです。

中性紙とは何か、どこで手に入るか

「中性紙」とは、紙を漉く過程で酸性の薬品を使わず、pHが中性からアルカリ性寄りに保たれている紙のことです。ふつうの紙や段ボールにはリグニンや酸性の成分が残っていて、時間とともに酸を放ち、触れている浮世絵を黄ばませたり脆くしたりします。中性紙はこの酸を出さないので、長期間触れさせても紙を傷めません。図書館や文書館が古い資料を保存するときに使っているのと、考え方はまったく同じです。

購入先は特別なものではありません。「中性紙 封筒」「中性紙 保存箱」で検索すると、資料保存用品を専門に扱うメーカー(金剛、資料保存器材など)の通販サイトが見つかり、A3・大判サイズの封筒や保存箱を単品から注文できます。額縁店や画材店でも、中性紙のマット・台紙を扱っているところがあります。専用品を買わなくても、パッケージに「中性紙」「酸不使用(Acid-Free)」と明記された製品であれば、同じ役目を果たしてくれます。

包み方はシンプルです。1枚ずつ中性紙の封筒に入れるか、二つ折りにした中性紙で挟む。ビニール(PVC)製のクリアファイルや下敷きに直接触れさせないこと——可塑剤がにじみ出て紙に移ることがあるためです。丸めずに平らなまま、重ねすぎない厚みで保管する。この3点さえ守れば、桐箱がなくても保存の基本は十分に押さえられます。

中性紙で平らに、1枚ずつ 中性紙封筒 + 平置き 丸める・重ねる・ビニール 丸め・輪ゴム・重ね置き
保管の良い例と悪い例。中性紙の封筒に1枚ずつ平らに入れるのが基本(左)。丸めて輪ゴムで留めたり、ビニール製のファイルに重ねて挟んだりすると、折れ跡や可塑剤による劣化の原因になる(右)。

完璧を目指さない

保存の話を調べ始めると、酸性紙、UVカット、湿度管理と、気にすべきことがどんどん増えて疲れてしまいます。ですが実物の浮世絵は、そもそも江戸や明治の庶民が普通の部屋で普通に眺めていた印刷物です。完璧な保存環境を整えることより、額に入れて、目につく場所に掛けて、ときどき掛け替えながら長く眺めることのほうが、この絵たちの本来の楽しまれ方に近いと私は思っています。数千円の額でいい意味で適当に始めて、飾りながら少しずつ知識を足していく——それでまったく問題ありません。

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