摺り比べ 第2回 大はしあたけの夕立——雨脚がいちばん先に語る

同じ図柄を2枚並べて、違いをただ眺める連載の第2回です。今回選んだのは雨。彫師がいちばん手を焼き、摺りを重ねるたびにいちばん先に表情を変えると言われるモチーフを、歌川広重の代表作で確かめます。

二点を選びました

シカゴ美術館のオープンアクセスには、歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」の同じ図柄が3点収蔵されています。3点とも実際に開いて見比べたところ、雨の見え方と紙の周りの余白に、はっきりした違いが出ている2点が見つかりました。以下に並べます。左(スマートフォンでは上)、右(同・下)、どちらも同じ図柄・同じ版元から出た1枚です。なお、サイト内の別の記事で使っている「大はしあたけの夕立」の写真は、メトロポリタン美術館が所蔵する別の一枚です。今回はそれとは別に、シカゴ美術館の3点の中から選んでいます。

歌川広重「大はしあたけの夕立」。空を覆う黒雲の下、細い雨脚が対岸の森から橋の上の人々まで途切れずに走り、画面全体を雨が貫いている。右上の色紙形は藍色の雲文様で、紙の四辺には広い余白が残っている
歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」安政4年(1857)。黒雲から橋の上の人々まで、雨脚が画面を途切れず貫いています。色紙形(題字を囲む枠)は藍色の雲文様。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)
同じ図柄の一枚。黒雲や川面には同様に雨脚が走るが、橋の上の人々の周りは雨の筋が目立たず、傘や合羽の色がくっきり見える。色紙形は黄色から緑へのぼかしで、紙は画面の際まで裁ち落とされ余白がほとんど残っていない
同「大はしあたけの夕立」1857年。橋の上の人々の周りでは雨脚の筋が目立たず、傘や合羽の色がくっきり見えます。色紙形は黄色から緑へのぼかし、紙は画面の際まで裁ち落とされています。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)
色紙形 1 雨脚——本数と勢い 2 空と色紙形の色 3 対岸の森と川面 4 橋を渡る人々の色 5 紙の四辺の余白
この先の見比べで指差していく5箇所を、先に地図にしておきます。①雨脚の本数と勢い、②空の黒雲と色紙形(題字の枠)の色、③対岸の森と川面、④橋を渡る人々の色、⑤紙の四辺に残る余白。この順で見ていきます。

雨脚——画面の端から端まで

まず雨そのものを見てください。左の一枚は、黒雲の下から川面、対岸の森、そして橋の上を歩く6人の頭上まで、細い雨脚が一本も途切れることなく貫いています。彫師が版木の端から端まで通した線が、そのまま紙の上に生きている。この密度を最後まで崩さずに刷り上げるには、版木の状態も絵具の含ませ方も万全でなければなりません。橋を渡る人物の体にまで雨の線がまっすぐかかっている様子を見ると、彫師と摺師、両方の仕事の丁寧さに素直に感心します。

右の一枚は、空から川面にかけては同じように雨脚が密に並んでいますが、橋のまわりだけ線の数が少なく、合羽や傘の輪郭、橋板の木目までよく見えます。同じ図柄なのに、同じ場所の雨の量が違って見える。これも、実際に並べてみないと気づかない違いです。

左の一枚の部分拡大。空から川面、橋の上までを縦に切り取ったもので、細い雨脚が上端から下端まで一本も途切れずに走っている
左の一枚の同じ範囲。雨脚が上から下まで通っています。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)を部分拡大
右の一枚の同じ範囲の部分拡大。空と川面には同じように雨脚が並ぶが、橋にかかるあたりでは線の数が減り、橋板や欄干の木目がよく見える
右の一枚の同じ範囲。橋にかかるあたりで線が減ります。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)を部分拡大

雨の線がどうやって版木に彫られているかは、特集「浮世絵の雨」に書きました。この絵では角度の異なる二種類の雨の線が別々の版木に彫られ、重ねて摺られていたことが分かっています。ここではその仕組みを繰り返さず、実際の2枚でどう見えるかだけを追いました。

空——雲の色と、色紙形の色

空の上端、黒雲が垂れ込めている範囲は、2枚ともほぼ同じ高さまで伸びています。ただ、その黒の沈み方に差があります。左は墨に近いほど深く、下端の輪郭もくっきり波打っているのに対し、右はやや灰色がかって見え、雲の下端がなだらかにぼやけています。

もっとはっきり違うのが、絵の右上に置かれた色紙形——題字「名所江戸百景」を囲む小さな枠です。左は藍色の雲を思わせる文様、右は黄色から緑へ移り変わるぼかしで摺られています。同じ位置、同じ大きさの枠に、まったく違う色が乗っている。この枠の色だけを見比べても、2枚が別の摺りであることは一目で分かります。

左の一枚の右上の部分拡大。題字を囲む色紙形が藍色の雲文様で摺られ、その右に朱色の短冊形の題簽が並ぶ。上端の黒雲は墨に近い濃さで、下端の輪郭がくっきり波打っている
左の色紙形は藍の雲文様。黒雲も墨に近い濃さで、下端の輪郭が波打っています。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)を部分拡大
右の一枚の同じ範囲の部分拡大。色紙形は黄色から緑へ移り変わるぼかしで摺られ、題簽の朱はより鮮やかな赤。上端の黒雲は灰色がかり、下端がなだらかにぼやけている
右は黄から緑へのぼかし。題簽の赤も鮮やかで、黒雲の下端はなだらかにぼけています。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)を部分拡大

対岸の森と川面

橋の向こうに広がる森の描かれ方も違って見えます。左は木々の輪郭が濃く、ひとつながりの黒い帯としてはっきり見えるのに対し、右は同じ位置の森がやや淡く、雨に霞んでいるような柔らかさがあります。川面の色合いも、左はやや緑がかった藍、右はもう少し青みの強い藍に見えます。この色の差が摺りの指定によるものか、170年近い時間の中で紙や絵具が変化した結果なのかは、画像を見比べるだけでは判断できません。

左の一枚の対岸部分の拡大。木々の一本一本の輪郭が濃く出ていて、森がひとつながりの黒い帯として見える
左。木々の輪郭が濃く、森が帯として立ちます。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)を部分拡大
右の一枚の同じ対岸部分の拡大。同じ位置の森が淡く、雨に霞んだように柔らかく見える
右。同じ森が淡く、雨に霞んで見えます。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)を部分拡大

橋を渡る人々の色

橋を渡る6人にも目を向けてください。手前で相合傘になっている二人組の着物が、はっきり違います。左の一枚は、前を歩く一人が濃い緑の上着に紅がかった裾、後ろの一人が藍色の羽織という組み合わせです。右の一枚では、前の一人の上着が紫がかった色に変わり、裾の紅もより鮮やかな朱に振れています。後ろの一人の羽織も藍から萌黄色に変わっていて、同じ二人なのに乗っている色がまるごと入れ替わって見えます。奥を歩く人物の笠も、左は白に近い生成り、右ははっきりした黄色です。同じ人物、同じ姿勢なのに、乗っている色が違う。この解像度で見比べる限り、色の版がずれて刷られているような大きな見当のずれは、私には確認できませんでした。

左の一枚の橋の上の拡大。前の一人は濃い緑の上着に紅がかった裾、後ろの一人は藍色の羽織。奥を歩く人物の笠は白に近い生成り。橋板は桃色がかっている
左。前は緑の上着に紅の裾、後ろは藍の羽織。笠は生成り、橋板は桃色。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)を部分拡大
右の一枚の同じ範囲の拡大。相合傘の二人の着物には萌黄が入り、紅は鮮やかな朱、上着は紫がかっている。奥を歩く人物の笠ははっきりした黄色。橋板は淡い砂色
右。萌黄が入り、紅も朱に振れます。笠は黄色、橋板は砂色。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)を部分拡大

余白の残り方

最後に、絵の外側です。左は四辺にゆったりと余白があり、紙の縁の風合いまで見て取れます。左下の余白には版元・魚屋栄吉の「下谷 魚栄」の印がそのまま残っています。右は画面の際まで裁ち落とされていて、余白がほとんどありません。実測すると、左は紙の幅の6〜9%が余白なのに対し、右は1%あるかどうかです。第1回の神奈川沖浪裏でも触れたとおり、余白が残っているかどうかは絵の出来とは別の話で、後から額装のために切られることも多くありました。

左の一枚の左下隅の拡大。刷り面の外側に紙の余白が広く残り、そこに版元印「下谷 魚栄」が押されている。広重の朱の落款は色が褪せて薄い橙色になっている
左。刷り面の外に余白があり、版元印「下谷 魚栄」が読めます。落款の朱は褪せて薄い橙色。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)を部分拡大
右の一枚の同じ左下隅の拡大。刷り面のすぐ外で紙が断ち切られていて余白がなく、版元印は残っていない。広重の落款は鮮やかな赤
右。刷り面のすぐ外で切られていて、版元印は残っていません。落款の朱は鮮やかなまま。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)を部分拡大

新大橋とあたけ——描かれている場所

この絵が描いているのは、安政4年(1857)の隅田川です。手前の橋は新大橋、対岸に見えるのは幕府の御船蔵。かつてそこに「安宅丸」という巨大な御座船が係留されていたことから、界隈は俗に「あたけ」と呼ばれていました。版元は魚屋栄吉、「名所江戸百景」の多くを送り出した版元です。今も新大橋は隅田川に架かっていて、橋そのものは架け替えられていますが、広重が立った岸から橋を見上げる角度は、今も歩いて確かめることができます。

海を渡った模写、ゴッホの雨

この絵はさらに、海を越えて思わぬ形で模写されています。1887年、パリで浮世絵に熱中していたフィンセント・ファン・ゴッホが、「大はしあたけの夕立」を油彩でそっくり写し取りました。「日本趣味:雨の橋」と呼ばれるこの模写は、現在アムステルダムのファン・ゴッホ美術館に所蔵されています。

ゴッホによる油彩の模写。大はしあたけの夕立とほぼ同じ構図で、青灰色の空から緑の川面まで太い縦の筆致で雨が降り、黄土色の橋を笠や蓑の人物が渡っている。画面の四辺は緑と朱の枠で縁取られ、そこに赤い漢字が並んでいる
フィンセント・ファン・ゴッホ「日本趣味:雨の橋」1887年。広重が彫らせた斜めの細線が、絵具を置いた縦の筆致に変わっています。緑と朱の枠に漢字を並べた縁取りはゴッホの付け足しで、原画にはありません。 ファン・ゴッホ美術館(アムステルダム)蔵、Wikimedia Commons経由(パブリックドメイン)

面白いのは雨の描き方です。広重が版木に彫った斜めの細線を、ゴッホは紺色の絵具を置いた太めの縦の筆致に置き換えていて、線の角度も版画特有の鋭さも、そのままでは油彩に持ち込めなかったことが伝わってきます。空や橋板の色も原画よりずっと鮮やかで、彫師の線と画家の筆とでは、同じ「雨」という現象の描き方がまるで違う道具に化けている。これも、ある意味では今日見てきた摺り比べの延長線上にある話だと思います。

どちらが早い摺りかは、判定しません

空の色紙形、雨脚の見え方、余白の広さ——これだけの手がかりが並んでいても、摺りの時期による違いなのか、退色によるものなのか、保存環境の差なのかは、画像だけでは決められません。断定はしないでおきます。

それでも、はっきり言えることがひとつあります。この2枚は、安政4年のどこかで、同じ版木から同じ版元のもとで摺られた本物だということです。雨が画面を隙間なく覆う一枚には、たたきつけるような夕立の勢いがあります。人々の輪郭がくっきり浮かぶ一枚には、雨脚がふっと呼吸を継いだような静けさがある。どちらも「大はしあたけの夕立」という一つの絵が持っている、別の顔です。

この記事は2枚の優劣を決めるものではなく、掲載順にも意味はありません。摺りの早さ・退色・保存環境はそれぞれ別の要因で絡み合っていて、Web用の画像から言えることには限りがあります。ここに書いたのは、公開されている画像を並べて実際に見えた違いだけです。

「名所江戸百景」を自分の手もとに置くところまで考えている方は、後摺という現実的な選択肢もあわせて読んでみてください。値段の理由や、雨の線から摺りの見当をつける具体的な話も書きました。

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