いつか江戸百景を——後摺という現実的な選択肢

数千円の一枚から始めた人が、何年かして、そろそろあれを、と思う場所があります。広重「名所江戸百景」。日本の風景版画がたどり着いた最後の高みでありながら、摺りの時期さえ選べば、個人の予算で本物が手に入る——そういう不思議なシリーズです。この記事は、その一枚をどう選ぶかの話です。

歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」。画面いっぱいに斜めの雨が降り、橋の上を人々が急ぎ足で渡っていく
歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」安政4年(1857)。大判の縦位置で、34×24センチほど。手前に橋をどんと横切らせ、上から下まで斜めの雨で貫いた一図です。 メトロポリタン美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

数千円の一枚の、その先にあるもの

このサイトの「手もとに置く」は、本物が数千円で買えるという話から始まりました。最初の一枚は明治の役者絵でいい、状態は完璧でなくていい、理屈より好き嫌いで選べばいい——そう書いてきましたし、今もそう思っています。

ただ、そこで何枚か買って、値段の理由が自分なりに読めるようになり、摺り比べで空の色の違いが目に入るようになってくると、たいていの人はある地点で足を止めます。教科書に載っているあの絵は、本当に一生手に入らないのか、と。

結論から書きます。北斎「神奈川沖浪裏」の状態のいい初摺は億の世界で、あれは美術館で見るものだと割り切ったほうがいい。けれど広重の「名所江戸百景」は事情がまるで違います。手が届く可能性が、はっきりある。

最初の一枚

明治の役者絵や開化絵。数千円台から見かける価格帯で、「江戸や明治の紙が自分の部屋にある」という体験を先に済ませてしまう段。

目を作る数枚

後摺の名所絵、三枚続のバラ1枚、版本の一丁。値段の理由を自分で言葉にできるようになるまで、何枚か買って手で覚える段。

江戸百景の一枚

教科書に載っているシリーズを、初摺との違いを承知のうえで、自分の基準で選ぶ段。ここがこのサイトの想定する到達点です。

※金額の目盛ではなく、経験の段差のイメージです。実際にいくらかかるかは、状態と摺りの時期で大きく変わります。

なぜ「名所江戸百景」なのか

広重が「名所江戸百景」に取りかかったのは安政3年(1856)2月。最後の図が出たのが安政5年(1858)10月です。広重はその年に亡くなっていますから、文字どおり最晩年、死の直前まで描き続けた仕事でした。シリーズは完成を見ないまま、二代広重の補筆が加わって「一立斎広重 一世一代 江戸百景」として世に出ています。版元は魚屋栄吉(魚栄)。梅素亭玄魚が描いた目録1図と、119図の絵で構成されます。

この「119図」という数字が、買う側にとってはそのまま追い風になります。1図あたりの現存枚数が多いうえに、図数そのものが多い。市場に出てくる母数が桁違いなので、探せば出会える確率が現実的な水準にあるということです。手を出しやすい浮世絵リストで「シリーズの規模が味方する」と書いたのは、この話です。北斎の代表作を1図だけ狙うのとは、探索の難易度がまるで違います。

歌川広重「名所江戸百景 上野清水堂不忍ノ池」。手前に大きく枝を張った松、その向こうに清水堂と池が広がる
歌川広重「名所江戸百景 上野清水堂不忍ノ池」安政3年(1856)。手前の松の枝を画面の上半分に大きく張り出させ、その隙間から清水堂と不忍池を覗かせる構図。近景をぐっと引き寄せる、このシリーズらしい一図です。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)

もうひとつ、このシリーズが特別なのは構図です。多くの名所絵が横位置で風景を素直に写すのに対して、江戸百景はほぼ全図が縦の大判で、しかも手前に巨大なモチーフをどんと置いてくる。松の枝、橋の欄干、鷲の脚、鯉のぼり。近景と遠景の切り取り方が極端で、俯瞰も鳥瞰もズームアップも遠慮なく使われます。写真のレンズを知っている現代人の目で見ると、当たり前どころか、ずいぶん攻めた画面です。それを150年以上前に、しかも119回連続でやっている。

この構図の新しさに最初に反応したのが、ヨーロッパでした。ゴッホが1887年に油彩で模写した2図——「大はしあたけの夕立」と「亀戸梅屋舗」——は、どちらもこのシリーズです。梅の模写では原画より空の赤と地面の緑の対比を強めていて、彼がこの構図の何に興奮したかがそのまま出ています。

歌川広重「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」。画面手前に梅の太い幹が縦に大きく走り、その奥に白梅と人影が見える
歌川広重「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」安政4年(1857)。梅の幹を画面の真正面に立てて視界を遮る大胆さ。ゴッホが模写したのはこの図です。 シカゴ美術館蔵(CC0 / パブリックドメイン)
目録の1図を描いたのは広重ではなく、梅素亭玄魚という幕末から明治にかけて活躍した図案家です。119図に目録1図を足して全120点、という数え方をするのはこのためで、シリーズを揃いで語るときに一度は出てくる話です。

江戸百景の初摺と後摺は、どこが違うか

初摺と後摺という考え方そのものは「同じ絵なのに値段が違う理由」に書いたとおりですが、江戸百景の場合は具体的にどこを見ればいいのか、という話をします。

まず前提として、このシリーズは当時のベストセラーでした。どの図も1万から1万5千部の後摺を要したと伝わるほどで、つまり市場に流れている江戸百景の相当部分は、最初のロットではありません。そして多くの後摺では、色数を減らし、手間のかかるぼかしを省略したと記録されています。逆に言えば、ぼかしの残り方こそが、このシリーズで摺りの早さを測るいちばん素直な物差しだということです。

空——一文字ぼかしと当てなしぼかし

広重の空でよく使われるのが「一文字ぼかし」です。何も彫っていない版面を濡らした布巾で拭き、そこに藍を一文字に置いて、水と混ざったところを摺り取る。空の上端だけを帯状に濃くして、下へすっと抜いていく技法で、幅が狭くシャープに決まっているほど摺師の腕が出ます。もうひとつ「当てなしぼかし」は、版面に水を垂らしてから絵具を置くやり方で、濃淡の形が1枚ごとに違ってしまう。だから「当てなし」と呼ばれます。霞んだ空や水面の揺らぎに使われました。

どちらも、版木には「ここに藍を乗せる」としか彫られていません。何段の階調にするかは摺師の手の中にあり、手間を削ればいくらでも簡略化できます。ここが後摺で真っ先に痩せるところです。

階調が残っている摺り 階調が単調になった摺り 境目が線で残る 空の濃さを横に引き伸ばすと(上端→地平) 空の濃さを横に引き伸ばすと(上端→地平) 上端が深く沈み、地平まで何段も抜ける 雨線は細く、鋭い ほぼ上下二色。中間の段がない 雨線は太く、にじんで見える 版木も図柄も同じ。違うのは、摺りにどこまで手間をかけたか
「大はしあたけの夕立」の空と雨を模式化した比較図です。空の版木が指示しているのは藍を乗せる範囲だけなので、上端から地平までを何段の階調で抜くかは摺りの手間しだい。手間を削ると中間の段が消え、濃い帯と薄い帯の境目が一本の線として残ります。

雨線と、版木の摩耗

「大はしあたけの夕立」なら、もうひとつ分かりやすい指標が雨です。あの斜めの線は、版木にそのまま彫り出されています。髪の毛ほどの細さの線を、画面の端から端まで通して彫る。彫師の技の見せ場です。ということは、版木が摺り減ってくればまず線の切れ味から落ちる。同じ図柄なのに雨が太くもっさり見える個体があるのは、そのためです。摺りが遅くなるほど、雨は鋭さを失います。

色の面では、空や水の藍がどれだけ深く出ているかを見ます。江戸百景は藍が主役級のシリーズなので、藍が浅く全体に薄ぼんやりした個体は、摺りが遅いか、日焼けで色が飛んでいるかを疑う余地があります。版木の摩耗と線の関係は版木の寿命と摺り部数に工程の側から書きました。

なお「その後摺は江戸のものか、明治のものか」を1枚ずつ確定するのは、正直に言って簡単ではありません。私が確かめられたのは、後摺が大量に存在すること、そこでは色数とぼかしが削られたこと、シリーズ自体が広重の死後も刊行され続けたこと——ここまでです。年号を断定してくる説明を聞いたときは、その根拠は何かと一度だけ聞いてみるといいと思います。

予算の話を、正直に

いちばん知りたいのはここでしょうから、書けるところまで書きます。江戸百景の一枚の値段は、状態と摺りの時期しだいで数万円から数十万円まで平気で開きます。同じ図柄でも、初摺に近い上物と、色が飛んで裁ち落とされた遅い摺りとでは、まったく別の買い物です。「江戸百景はいくら」という言い方自体が成り立たない。相場表を作らないのは、そういう理由です。

方向感だけ言うと、20万円前後を用意できるなら、選択肢はかなり広がります。数万円台でも遅い摺りや状態難のものは見つかりますが、そこは「あるものから選ぶ」買い方になりがちです。予算に幅を持たせられると、図柄の希望を先に立てて、それが出てくるのを待つ、という選び方に切り替わる。この差はとても大きい。上を見ればきりがないので、個人の趣味として区切るなら、50万円あたりを自分の上限として先に決めておくくらいでちょうどいいと思っています。

数字より大事なのは、予算を決めてから探し始めることです。上限を決めずに探すと、目の前の一枚が良く見えるたびに基準がずるずる動きます。

119図から、自分の一枚をどう選ぶか

まず図柄を選ぶ。妥協しない

ここがこの記事でいちばん言いたいところです。先に図柄を決めてください。相場が手頃だからこの図、市場によく出るからこの図、という選び方は、この段階ではもったいない。119図もあるのです。そのなかに、あなたが本当に好きな一枚が必ずあります。

選び方は人それぞれですが、私は「自分の生活と接点がある図」を勧めています。通勤で毎日通る駅の、江戸時代の姿。子どもの頃に遊んだ川。行きつけの店の近所。江戸百景は東京の地名がそのまま題名になっているシリーズなので、自分の土地の一図がだいたい見つかります。壁に掛けたときに、絵として好きなだけでなく「これは自分の場所だ」と思える一枚は、強い。浮世絵の風景が今も残る場所で現地を歩いてから決めるのも、いい順序だと思います。

全119図を眺めるのに費用はかかりません。海外の美術館のオープンアクセス画像で、高解像度のものが誰でも見られます。何日かかけて通して見て、気になった図を10ほど書き出し、そこから絞る。この作業自体がかなり楽しいので、買う前の何ヶ月かはこれで過ごすつもりでいてください。

状態は、優先順位を決めておく

最初の一枚と考え方は同じですが、金額が上がるぶん基準は少しだけ厳しくしていいと思います。避けたいのは2つ。画面の中の欠損と、強い日焼けです。橋の真ん中に穴が開いている、藍が抜けて空が灰色になっている——このどちらかがある一枚は、何年か経つと必ず気になります。特に日焼けは、藍が命のシリーズでは致命傷になりやすい。

逆に、余白のシミ、端の小さな虫穴、浅い折れ跡は許容していいと考えています。150年以上前の紙です。無傷を求めると、選べる図柄が一気に減ります。裁ち落としも、絵柄が生きているなら候補に残していい。ただしこの価格帯なら、四辺がどう残っているかは値段の理由として必ず確認してください(切られた浮世絵、切られていない浮世絵)。

優先順位を一列に並べるなら、①好きな図柄であること ②画面の中が無傷であること ③藍が生きていること ④摺りが早いこと ⑤余白が切られていないこと。この順です。④と⑤を上に置くと、予算がいくらあっても足りなくなります。

買う前に、実寸と壁を決めておく

江戸百景は大判の縦位置で、34×24センチ前後。文庫本を並べたくらいの、思ったより小ぶりな紙です。壁に掛けると、額の余白込みでもA3をやや超える程度に収まります。この実寸を先に測って、掛ける壁を決めておくと、届いてからの落差がありません。額装は専門店に頼まなくても始められます——そのあたりは買った後——額装・保管・退色対策にまとめました。日焼けを避ける置き場所の話も、この価格帯の一枚を買うなら先に読んでおいてください。

急がないこと

最後に、この段階でいちばん効く助言を書きます。急がないでください。

119図は逃げません。同じ図柄が、来月も来年も、どこかの店やオークションに出てきます。「今買わないと二度と会えない」という一枚は、江戸百景に関してはほとんど存在しない。これは、この段階に来た人だけが持てる強みです。数千円の一枚なら勢いで買っていいし、そのほうが楽しい。けれど20万円の買い物では、待てることそのものが武器になります。

狙った図柄が出てくるまで半年でも1年でも待つ、と決めてしまう。その間に画商やオークションの見方に慣れ、骨董市にも足を運ぶ。同じ図柄が3枚、4枚と目の前を通り過ぎるうちに、「今回のはさっきのより空がいい」と自分で比較できるようになります。そうなってから買った一枚は、たぶん一生手放しません。

摺りの早い遅いは、専門家でも意見が分かれることがあります。この記事に書いたのは、あくまで自分で値段の理由を考えるための手がかりです。高額な一枚を買うときは、扱っている店に摺りの時期や状態についての見解を聞き、その根拠まで説明してもらってください。きちんとした店ほど、丁寧に答えてくれます。

買えたときに、何が起きるか

値段の話をさんざんしておいて何ですが、実際に届いた日に感じるのは、金額とはあまり関係のないことです。

包みを開けて、光にかざす。そこにあるのは、安政のいつかに、名前の残らない摺師が馬連を当てた紙です。空の藍は、その人が刷毛でひと息に引いたもの。雨の線は、彫師が版木に一本ずつ通したもの。額に入れて壁に掛け、朝、通りすがりに目に入る。そういう日常が始まります。

美術館のガラス越しに見るのとは、まったく別の体験です。所有欲の話ではなく、距離の話です。腕を伸ばせば触れる位置に江戸がある。数千円の最初の一枚でもそれは起きますが、長く探して選んだ一枚だと、もう少し深いところで起きます。

だから、いつか、と思っている人に言いたいのは一つだけです。それは夢物語ではありません。順番に登れば、届きます。

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