摺り比べ 第3回 猿わか町よるの景——同じ満月の夜を、2枚並べる
空を一色に塗るだけでは、夜は摺れません。歌川広重の夜景を2枚並べて、藍の抜け方と、地面に伸びる影を見比べます。
芝居がはねたあとの、猿若町
歌川広重「名所江戸百景 猿わか町よるの景」安政3年(1856)。版元は魚屋栄吉です。広重が最晩年に取り組み、完成を見ないまま世を去ったシリーズについてはいつか江戸百景をで書きましたが、その119図のうち、夜を主役に据えた1図をここでは取り上げます。
猿若町という地名そのものに、いわくがあります。天保12〜14年(1841〜43)の天保の改革は、風紀を乱すという理由で、日本橋にほど近い堺町・葺屋町にあった中村座・市村座、木挽町にあった森田座という江戸三座の芝居小屋すべてを取り壊し、浅草の外れという当時はまだ辺鄙だった土地へ強制的に移転させました。検閲の実務がどう変わったかは検閲と改印に書きましたが、この絵の風景そのものが、その取り締まりの産物です。芝居小屋だけでなく、芝居茶屋などの関連施設もまとめて移されたことで、まっさらな土地に一から芝居町が作られました。新しい町の名は、歌舞伎の始祖と伝わる猿若勘三郎の名にちなんで猿若町。皮肉なことに、遊郭・吉原に近い立地が幸いして、以前の芝居町よりもにぎわう一角に育ったと伝わります。
絵が描いているのは、その芝居がはねたあとの夜です。画面の左上、屋根の向こうに満月が懸かり、通りには提灯を提げた人々が三々五々歩いていきます。右手には芝居茶屋の障子が黄色く灯り、二階から誰かが通りを見下ろしている。手前には白い犬が一匹たたずみ、その先で子犬たちがじゃれ合っている姿まで描き込まれています。芝居見物の高揚が去ったあとの、少し気の抜けた夜の空気が伝わってくる1枚です。月と、地面と、小さな灯り——夜の絵は、光源をどこに置くかで摺師の腕の見せ場が変わります。シカゴ美術館だけでも、この図柄はCC0で4点デジタル公開されていました。4点を並べて見て、違いがいちばんはっきり出た2点をここに並べます。
構図そのものにも、この絵らしい仕掛けがあります。両側の家並みが手前から奥へ向かって急な角度ですぼまり、視線を画面の奥、月のかかるあたりへ強く引き込みます。広重の名所江戸百景は縦長の大判に近景を大きく置く構図で知られますが、この図では近景の代わりに、家並みそのものの遠近が奥行きを作っている。すぼまった先の暗がりに、まだ帰らない人々の小さな影がいくつも点々と見えます。看板や暖簾の文字までびっしり描き込まれていて、賑わいの記憶がそのまま紙の上に残っているようです。
空と月——藍がどこまで段を踏むか
ぼかしの技法そのものは摺師——見当を合わせ、ぼかしで魅せるで扱いました。夜の絵ならではの難しさが、この空にはあります。昼の絵なら、空・水・草木・着物と、何色もの版木が画面のあちこちで仕事を分担してくれます。ところが夜景の主役はほぼ藍一色です。その一色だけで、月に近い上空の深さと、屋根の稜線あたりのわずかな明るさを、両方とも紙の上に作らなければなりません。色数で誤魔化しがきかないぶん、摺師の手加減がそのまま画面の説得力になります。
藍の濃い1枚をよく見てください。画面の上端に沈んだ濃紺があり、そこから地平の明るさまで、途中に何段もの階調を挟みながら抜けていきます。さらに目を凝らすと、月の縁がわずかに滲んでいて、まわりに灰色がかった暈のようなものが差しているのが分かります。版面を湿らせた布で拭き、藍を置いて、また拭いて重ねる——そういう手数を重ねたときにだけ出てくる効果です。何段もの藍が積み重なることで、月そのものが夜気の中に浮かんでいるような奥行きが生まれています。
もう1枚は、月の縁が迷いなくくっきりと丸く、空の藍も上端でひとまとまりの帯になって、そこから下は一色に近い明るさに変わります。同じ満月でも、月の存在感の出し方がまったく違って見えます。前者が霧に滲んだ月なら、後者は夜空にぽっかり抜かれた紙の白がそのまま月になっている、という違いです。この差が摺りの時期による省略なのか、190年近い歳月による退色なのかは、画像だけでは判別できません。
影——月明かりが地面に落とすもの
通りを歩く人々の足もとを見てください。月に照らされた影が、地面に長く伸びています。浮世絵で地面に影を描くこと自体、多い表現ではありません。人物は輪郭線とベタ塗りで立たせるのが定石で、光の向きを計算した影まで足もとに描き込む例は限られます。着物の柄も髪の生え際も線と面で表す絵の中に、影だけが妙にリアルに落ちている。それがこの1枚の落ち着かなさというか、目を引く力にもなっています。太田記念美術館の解説でも、この絵でまず目に入るのは月明かりに照らされた足もとの影だと紹介されていて、遠近法とこの人影の付け方は、のちにゴッホが「夜のカフェテラス」を描くときに参照したとも言われています。断定できる話ではありませんが、それだけこの1枚の影が語り草になっている、ということでもあります。
影の向きにも理屈があります。月は画面の左上、屋根の稜線のあたりに懸かっていて、通りを歩く人々の影は、そこから対角線上に、右下へ向かって長く伸びています。光源がどこにあるかを一度も明言せず、影の角度だけでそれを分からせる。種を明かされてから見返すと、芝居町の賑わいを描いたつもりの1枚が、実はかなり計算された光の絵だったことに気づかされます。
2枚を見比べると、影の伸び方そのものはほぼ同じです。ただ、地面の色合いが違うぶん、影の沈み方の見え方が変わります。藍の濃い1枚は路面の色そのものがやや濃く、そこに人影がしっかり沈んで輪郭も判別できます。もう1枚は路面が心なし白っぽく、影は溶け込むようにやわらかで、月がもう少し高い位置から差しているような明るさを感じさせます。同じ光源、同じ角度の影が、紙の色合いひとつでここまで違う表情になるのかと、並べてみて驚きました。
提灯と障子の灯り——小さな光の鮮やかさ
芝居がはねたあとの人々が提げる小さな提灯、右手の芝居茶屋の障子越しに漏れる灯り。月という大きな光源だけでなく、こうした人の手による小さな灯りがどれだけ鮮やかに残っているかも、2枚で違って見えます。藍の濃い1枚は提灯の赤がよく効いていて、障子の灯りも金色に近い温かみを保っています。通りのあちこちに小さな暖色が点々と散っていて、目が自然とそこに吸い寄せられます。もう1枚は同じ提灯がやわらかい桜色に近く、画面全体が月光に洗われたような静かな色合いにまとまっています。暖色の主張が控えめなぶん、かえって藍と白のコントラストが際立って見えるとも言えます。どちらも、江戸の紙と絵の具が190年近い歳月を経て今も見せている、ひとつの表情です。
で、どちらが早い摺りなのか
ここまで読んで、やはり「どちらが早い摺りで、どちらが上等なのか」と聞きたくなったと思います。第1回と同じく、あえて答えは出しません。
藍を何段も重ねて月に暈を作るのは、確かに手間のかかる仕事です。ただ、その手間が省かれて見えるとしても、それが摺りの時期による違いなのか、退色によるものなのかは、この2枚の画像だけからは決められません。実物を手に取って紙や絵の具の状態を確かめられる専門家でも、簡単には言い切れない世界です。だから断定はしない。それでも、並べれば違いは誰の目にも見える。
同じ版木、同じ図柄から出発した2枚が、摺られた時期の違いと、そのあとの190年近い歳月をくぐり抜けて、今ではまったく別の夜を見せています。片方は月に暈のかかる、湿った空気の夜。もう片方は、月がくっきりと近くに感じられる、澄んだ夜。どちらの1枚も、安政のいつかに、名前の残らない摺師が馬連を当てた、江戸の紙と絵の具でできた本物です。値段が違うのだとしたら、それは市場での希少さの話であって、絵として見たときの面白さの優劣ではありません。買うとしたらどちらの夜がいいか、そう考えながら見比べるだけでも、この2枚はじゅうぶん面白いと思います。いつか江戸百景をで書いたとおり、名所江戸百景は摺りの時期を選べば個人の手にも届くシリーズです。手に入れた1枚がどちらの夜に近いとしても、それは摺師が指先で選んだ、もう1つの本物の表情です。
つづけて読む
- 摺り比べ 第1回 神奈川沖浪裏 — 世界一有名な波を2枚並べた回
- 摺り比べ 第2回 大はしあたけの夕立 — 同じ連載の別の回
- 同じ絵なのに値段が違う理由 — 今日見た「違い」が値札にどう化けるか
- いつか江戸百景を——後摺という現実的な選択肢 — 119図から自分の1枚を選ぶ話