手を出しやすい浮世絵——現実的な価格で出会えるジャンルと絵師
「本物の浮世絵が数千円から買える」と言われても、じゃあ具体的に何を探せばいいのか、ここが分からないと話が進みません。探せばちゃんと出会えるジャンルと、なかなか出会えないジャンル。この線引きは、はっきりしています。この記事は、その線引きを一人の愛好家の目線でリストにしたものです。
明治の役者絵——流通量の多さが入門の王道
まず挙げたいのが、豊原国周や三代歌川豊国(歌川国貞)といった、明治の役者絵を量産した絵師たちです。芝居小屋の熱気を紙に焼き付けるブロマイドとして、当時から大量に摺られ、消費されてきました。おかげで150年ほど経った今も、状態やコンディションを選びさえすれば数千円台から見かけるものが珍しくありません。北斎や写楽のような大物ほど研究書もオークションの主役の座も多くありませんが、そのぶん値段は現実的です。国周は弟子筋まで含めると選べる枚数自体が多く、これも入門ジャンルの心強さの一つ。
具体的に何を探せばいいか迷ったら、国周の代表シリーズの一つ「見立いろはあわせ」が手がかりになります。江戸町火消のいろは四十八組が背負う纏(まとい)の図柄を項目立てにして、組ごとに当時の人気役者を配した趣向のシリーズで、シリーズ名で検索すると流通している個体を追いやすくなります。役者名だけでなく、こうしたシリーズ名まで覚えておくと、店頭や通販サイトでの探し方がぐっと具体的になります。
開化絵・横浜絵・戦争絵——明治ものは総じて間口が広い
役者絵に限らず、明治期の浮世絵は全般的に手を出しやすい傾向があります。文明開化の風俗や鉄道・ガス灯を描いた開化絵、開港地の異人や外国船を描いた横浜絵、日清・日露の戦況を伝えた戦争絵。どれも江戸期の名所絵や美人画ほどブランド化されていない分、価格はこなれています。上の周延も、大奥の情景から戦争絵まで手広く描いた絵師で、こうした多作な明治絵師の作品は市場に絶えず出てきます。地味だから安いわけではありません。まだ評価が追いついていないだけです。そう捉えると、探す楽しみが増えるはずです。三枚続の戦争絵など画面の情報量が多いものほど見応えもあり、初めての1枚として選ぶ人も多いジャンルです。
横浜絵で名前を覚えておきたいのが五雲亭貞秀(歌川貞秀)です。開港場を空から見下ろすような構図で描く鳥瞰図を得意とし、「空飛ぶ絵師」の異名を持つほど独特の視点で横浜を描き続けました。開化絵と隣接するジャンルとしては、小林清親が明治9年(1876)に発表した「東京名所図」も押さえておくと探索の幅が広がります。西洋画の陰影表現を取り入れた「光線画」と呼ばれる作風で、全95図という規模も、後摺・後版の名所絵と同じく出会いやすさに直結します。戦争絵では、尾形月耕や水野年方が日清戦争(明治27〜28年)の戦況を伝える作品を数多く手がけており、小林清親とあわせて、この3人の名前は探すときの具体的な目印になります。
後摺・後版の名所絵——図柄は名作、摺りは遅いという選択
広重の「東海道五十三次」や「名所江戸百景」のような看板シリーズも、初摺の本物となれば予算は跳ね上がります。ただし同じ版木から時間を置いて摺られた後摺や、版木を彫り直した後版まで視野に入れると、話は変わってきます。図柄そのものは間違いなく名作、摺りの早さだけが遅いというだけの1枚です。線の鋭さや色の階調は初摺に一歩譲りますが、「あの構図を本物で持つ」という満足感は十分に得られます。これは大きい。名所江戸百景は全119図というシリーズの規模も味方してくれます。全体の点数が多い分だけ、後摺・後版でも探している1図に巡り合える確率は上がります。初摺と後摺の違いについては値段が違う理由で詳しく書きましたので、あわせて読んでみてください。
幕末の武者絵・役者絵——国芳周辺の門人たち
歌川国芳は最初の10人にも入る大物ですが、その門下には月岡芳年をはじめ、弟子が何人も育っています。芳年クラスの有名どころになるとさすがに値は張りますが、師の国芳から連なる幕末の武者絵・役者絵の裾野は広く、名前を知らない門人の作にも骨太な描線と迫力が宿っています。芳年と並ぶ兄弟子格の落合芳幾も同じ国芳門下で、二人はのちにライバルとして並び称される存在になりました。有名絵師の代表作にこだわらず、この系譜の中から気に入った1枚を探すという発想も、十分に現実的な選択肢です。落款の一字だけでも国芳の系譜と分かれば、それだけで見る楽しみが増えるのが、この裾野の広さの面白いところです。
三枚続のバラ1枚——欠けているからこその出会いやすさ
役者絵や合戦絵には、横に3枚を並べて1つの場面を構成する「三枚続」がよく使われます。本来は3枚揃って完成する構図ですが、長い年月の間に1枚だけが手放され、別々の道をたどることが少なくありません。揃いで探すよりずっと見つけやすく、値段もこなれます。理由は安さだけではありません。いつか残りの2枚に出会えるかもしれないという楽しみまで付いてきます。コレクター気質の人には、案外相性のいい選択肢です。冒頭の国周の1枚も、実は三枚続のうちの1枚。この1枚を起点に、いつか残り2枚を探し歩くという遊び方も、悪くないと思っています。
版本の一丁・摺物——ページ単位、一図単位で持つ
浮世絵は大判1枚の錦絵だけではありません。絵入りの版本(絵本)も、気に入った1丁(見開き2ページ分)だけをバラで求めることができます。1冊まるごと買う必要はありません。1冊がすでにバラされて古書市場に流れていることも多く、絵師や題名を気にしすぎず「この1丁の絵柄が気に入った」というだけで選べます。年賀状代わりに私家版で作られた「摺物」も、小ぶりで凝った意匠のわりに、大判の名品より手頃な値段で見かけることがあります。1枚の錦絵とは違う、机の上で愛でる小さな浮世絵の世界です。
逆に、手が出にくい側も知っておく
公平のために書いておくと、桁が違う側もはっきり存在します。北斎「神奈川沖浪裏」や広重「大はしあたけの夕立」の状態のよい初摺、写楽の大首絵、歌麿の美人大首絵。こうした教科書級の名品は、オークションで数百万円から数億円の値がつく世界です。同じ図柄の後摺や後版なら手が届いても、初摺の完品となると話は別だと考えておいた方が現実的です。手の届く1枚を探すこの記事とは別に、そうした夢の値段そのものを眺めて楽しみたい方は歴代浮世絵価格ランキングをどうぞ。買えないからこそ美術館で見る楽しみも、浮世絵の醍醐味の一つです。