明治の浮世絵 第3回 横浜絵——外国人を描くという新商売
開港から二年ほどのあいだに、八百点余りの七割が出ました。買っていたのは外国人ではありません。
二年で、七割が出た
横浜絵は、安政6年(1859)の横浜開港とともに始まりました。異国の船が入り、異国の人が住み、異国の建物が建つ。江戸から目と鼻の先に、見たことのない町ができた。それを錦絵にして売る商売です。
おもしろいのは、続かなかったことです。全体でおよそ八百数十点と推計されていますが、そのうち約七割が万延元年から文久元年(1860〜61)の二年間に集中しています。開港から一年後に一気に噴き出し、二年で山を越えた。第1回の錦絵新聞が十年もたなかった話を書きましたが、こちらはもっと短い。
珍しさで売る商品は、珍しくなくなった時点で終わります。横浜に外国人がいるのは当たり前になり、絵で確かめる必要がなくなった。それだけのことだと思います。
名所絵であり、外国人図鑑でもあった
横浜絵の半分は、絵というより図鑑です。人物の脇に国名の札を貼り、余白にその国の説明文を刷る。上の一枚は、椅子に座ってグラスを持つフランス人と、辮髪に詰襟の中国人を並べ、それぞれの国について短い解説をつけています。首都パリは「巴利須」。読者はここで、国の名前と人の姿を一度に覚えることになります。
枠組みの元になったのは、安政5年(1858)の安政五カ国条約です。アメリカ、オランダ、イギリス、フランス、ロシア。この五つを一枚ずつ描いた揃物が作られ、そこへ中国(南京)を足して六人組にすることもありました。条約を結んだ国ではないのに中国が入るのは、実際に横浜の居留地で働く中国人が多かったからでしょう。
札を貼って名前を教えるやり方は、武者絵の題箋とまったく同じ手つきです。豪傑の綽名と本名を刷るのも、外国人の脇に国名を刷るのも、絵に名鑑の役目を持たせるという点で変わりません。
買っていたのは、日本人です
ここが誤解されやすいところです。横浜絵は、来日した外国人の土産物として作られたものではありません。江戸の町の人と、参勤交代などで出てきた地方の武士が、珍しい町の様子を持ち帰るために買った名所絵でした。長崎で異国趣味の絵が売れた長崎絵の系譜を、横浜が引き継いだ形です。
そう思って見ると、説明文の書きぶりが腑に落ちます。フランスがどこにあり、首都を何と呼ぶか——それは外国人には要らない情報です。読んでほしい相手は、外国を知らない日本人でした。
貞秀は横浜へ行った。ただし外国は見ていない
横浜絵の第一人者が五雲亭貞秀です。文化4年(1807)生まれ、初代歌川国貞の門人。没年は明治11年(1878)とも12年(1879)ともいわれ、確定していません。高いところから町全体を見下ろす一覧図を得意にした人で、冒頭の遊郭の鳥瞰もその腕です。
貞秀については、実際に横浜へ足を運んで写生したという記述が残っています。自著のなかで、現地へ行かなければ本当の景色は捉えられないという趣旨を述べてもいる。伊勢や大坂、長崎まで旅した記録もあります。
ただし、それは「横浜という日本の町を見た」という話であって、「外国を見た」という話ではありません。絵師の誰一人として欧米へ渡ったことはなく、外国人の暮らしぶりや異国の景色は、輸入された新聞の挿絵や、それ以前からあった長崎絵を手がかりに描かれました。金魚鉢をのぞく女性の服の襞も、椅子の脚の形も、どこかで見た図版の記憶から組み立てられている。第2回の開化絵で見た遠近法の食い違いと、根は同じところにあります。
横浜絵のほうが、開化絵より古い
横浜絵と開化絵は、汽車も洋館も外国人も出てくるので混ざりやすいのですが、時期がはっきり違います。横浜絵は幕末、開化絵は明治。あいだに十年あります。
色を見ると分かります。横浜絵の赤は、江戸の錦絵の延長にある落ち着いた朱で、開化絵のアニリン系の強い赤紫はまだ入っていません。同じ「西洋がやってきた絵」でも、絵の具の段階が違う。明治の浮世絵史で書いた色の話が、ここで効いてきます。
いくらで買えるか
横浜絵は海外での人気が高く、欧米の画廊が扱っています。米国の日本版画専門画廊の販売価格を見ると、一枚もので495ドルから、三枚続の良い図で3,800ドルあたりまで。国内でも貞秀の作品は10万円から50万円という価格帯で並んでいます。明治の錦絵と比べると、幕末の分だけ高い。
それでも江戸期の名品に比べれば桁が違います。狙い方は手を出しやすい浮世絵に、三枚続の実寸は判型早見表にまとめました。
つづけて読む
- 明治の浮世絵(連載の目次) — 全6回の見取り図
- 第2回 開化絵 — 十年あとの、同じ主題
- 第4回 戦争絵 — 宣戦布告の8日後に25種類
- マイナー絵師再発見 第3回 五雲亭貞秀 — 空から見下ろした横浜を描くために、富士山に登った人
- マイナー絵師再発見 第2回 楊洲周延 — 幕末に戦い、明治を描いた絵師
- 手を出しやすい浮世絵 — 明治ものの狙い方